カルテ686 怪球カマグ(前編) その74
「……というわけで、いささか長くなってすまなかったが、以上が私と怪球カマグ、そしてグラマリール学院長との因縁の物語だ」
身を切るような隙間風が時折入り込む深夜の室内で、ようやく話を締めた彼女は湯気の立つ紅茶を一口飲んで唇を湿らせた。そう、ここはインヴェガ帝国の最果ての流刑地、白亜の崖のすく側に立つボロ小屋の中で、彼女とはすなわちインヴェガ帝国騎士団長のヒュミラであった。
「は……はああああああああああああああっ!?」
ずっと押し黙って大人しく傾聴していたミノタウロスのケルガーは、頭の中が極限までこんがらがって理解不能状態に陥ったため絶叫した。
「うるさいぞ駄牛。汚い唾を飛ばすんじゃない。せっかくの紅茶が不味くなるだろうが」
「だって明らかにおかしいじゃねえか! 俺は頭がそこまで賢いとは思ってねえけど話についていけなかったよ! ってえことは何か!? あのザイザル共和国の学問の都ロラメットの符学院学院長グラマリールの秘書のクラリスっていうのがヒュミラ団長と同一人物ってことなのかよ!? うがああああああああああああああっ!」
「「「だからそうだと団長殿が御自らおっしゃっておられるだろうが! 無礼者の阿呆が!」」」
横からケルベロスのホーネルが三重奏で口を挟んだ。彼の団長への忠誠心は岩のごとく不動のようだ。
「でも納得いかねえよ! どうやって団長しながら同時にスパイ活動するんだよ!? ドッペルゲンガーでもいたんなら別だけどよ!?」
「「「そんな出会ったら数日後に死ぬような不吉な代物を団長殿が見るわけなかろうが!」」」
「二人とも少し落ち着け。喧嘩するなら外でやってこい」
「……」
さすがに深夜に外に出て氷の彫像と化すのは嫌なので、二人(二匹?)は即座に静かになった。もっともどちらも納得いかない様子だったが。
「どうやらその憮然とした顔はまだわかっていないようだな、ケルガー。ならばヒントをやろう。私の普段の姿を思い出してみろ。どうだった?」
ヒュミラはミノタウロスを一瞥しならまた紅茶を啜った。




