カルテ683 怪球カマグ(前編) その71
「あの晩お主にこう講義したはずだ。『このガス、つまり気体は石灰石を焼いて発生することから発見されたが、後に木や木炭を焼いても生じる事がわかった。そして大気中にも含まれており、今では固定空気と呼ばれておる。その使い道はまだ未知数だが、先にこやつが述べた通り、水や酒などの飲み物に刺激を加える効果があり、他にも役立つ方法があるのではないかと探しておる最中だ』」
「……」
黙したままの彼女は、内心学院長の脅威の記憶力に感服していた。
「更に続けてこう話したぞ。『またわかってない顔をしているな。ガスを集めたフラスコ内に圧力の護符などを使用して強い圧を加えると、なんと温度を下げなくても液体に近い状態に変化することが実験より導き出された。それは気体と液体の中間のような性質を持つ存在で、様々な物を溶かす不思議な作用があった。まだ研究の段階ではあるが、どうやらニンニクの臭いの成分を溶解し、分離することが可能らしい』とな。違うか? 確かお主はニンニクの臭いが好きだとぬかしおったと記憶しているが」
「まったくその通りです。よくそこまで覚えておられましたね」
「何、こう見えて学院関係や政治活動などのごたごたでしょっちゅう裁判ざたに巻き込まれることがあるのでな。仕方なく全てを暗記しておるだけのことよ」
何気ない調子で語る彼にはいささかも自慢する様子がなく、長たる者の風格がにじみ出ていた。
「想像するに、要はコピ豆に含まれるかふぇいんとやらも、ニンニクの臭みの成分と同様、この気体と液体の中間物質に溶ける性質があるのではないか? どちらも香りが強い点では共通しておるしな」
「まるで名探偵のように謎を解かれますね、学院長殿。さすがです」
彼女は今にも拍手せんばかりに賛美した。彼の述べたことは、まさに白亜の建物の医師が説明したことと同義であったから。




