カルテ680 怪球カマグ(前編) その68
(まさか学院長がここまで筋金入りのカフェイン中毒だったとは……)
彼女はコーヒー断ち断固拒否宣言を高らかに述べ上げるグラマリールにやや冷めた視線を注いでいた。異世界の皇帝をも狂わせる豆には、どんな権力者だろうがどんな優れた頭脳の持ち主だろうがあらがうのは困難なのだと再認識しながら。
「別にコーヒーをやめろと申しあげるつもりは毛頭ありません。ただ、他にも良い手段があると進言したかったのです」
「ほほう……一体何があると言うのだ?」
再び学院長の瞳に好奇心が宿る。今こそ白亜の建物で学んだ知識を披露する時のようだ。彼女は記憶を整理し、必要な情報を探る。あれは確か……
「人間の良い点でもあり悪い点でもあるのは、欲望に忠実かつあきらめの悪いってところでして、彼らは頭を搾って誘惑の香り漂う禁断の飲み物を口にする手段を考えました。その結果生まれた概念が、『デカフェ』です」
垂れ目の医者のにやけ面と共にそれは過去の海から急浮上した。彼女は急いであの永遠もかくやという長話から要点を抜粋し、準備万端に整えた。
「実は、でかふぇというものが異世界にはありまして……」
クラリスは慣れない用語に内心苦戦しながらも、なるべく舌を噛まないように気をつけながら、まるで練習してきたかのように滔々と、しかもわかりやすく短時間で述べた。
「なるほど、つまりその異世界の技術であるでかふぇとやらを施されたコピ豆を使用すれば、不眠や不安症状を引き起こさないが似たような風味を持つ奇跡のような飲み物を作り出すことが可能である、とそう言いたいわけだな。そこまでして飲みたい者たちの強い執念を感じさせる話だな」
「ええ、概ねその通りです。さすが学院長殿はご理解が早くて助かります」
話し手はお世辞抜きに答えた。一を聞いて十を知るとはこのことだ。
「だがせっかくのでかふぇもこちらで使えなければ何の意味もないぞ。まさかこれで終わりではあるまいな?」
学院長の銀仮面がまるで鋭い刺すような視線を放ったかに思われた。




