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カルテ679 怪球カマグ(前編) その67

「まったく大したものだ。そこまでよく人のことを観察していたとはな。ここまでの者は中々おらんぞ。学院の他の連中にも見習ってほしいものだ」


 学院長の稀有な高評価はもはや天井知らずで空恐ろしいほどだった。


「……お褒めの言葉はありがたいですが、では、認められるということでよろしいですか?」


「ああ、残念だが認めよう。我、符学院学院長グラマリールは確かにカフェイン中毒であると。癪に障るがあのコーヒーは初めて飲む時はただただ苦いだけに思われたが、尾を引くような後味のためもう一回、後一回と続けるうちに、いつしか欲望の囚人と化していた」


「私と同じだ……」


 謎多き学院長といえども同じ人間的弱さを抱えていたのだと、クラリスは改めて認識した。


「不眠が生じたのは誤算だっだが、イーブルエルフ狩りは夜間に行なわれることも多いし、研究や開発のためにも夜間起きていられることによって得られるものの方が多いと、自分に言い聞かせて現実から目をつむっていたのだ。ただし、不安感も出現し、徐々に悪化してきたのにはまいったがな。おかげで変な癖がついてしまったわ」


 そう言うと学院長は、わざとらしく音を立てて細い首を器用に動かした。


「やはり……ならば……」


「だが、いくら病状を暴いたからと言って、その程度のことではお主の望みをかなえてやることなど出来ぬぞ、クラリスよ。それを知ったからといって何一つ改善するわけではないからな」


 喋りかけた彼女に対しグラマリールは口を挟んで横やりを入れた。


「つまり、コーヒーをやめるつもりは無い、ということですか?」


「ああ、その通りよ。不眠、不安に悩まされようが、あの芳醇な匂いと味のハーモニーを捨て去ることなぞ到底無理な相談だ。あれをあきらめろというのなら、たとえ神といえども容赦はせん」


 クラリスの疑問にきっぱりと返答した銀仮面の周囲に、激しい拒絶の壁が出現し、彼女の前に立ちはだかったかに思われた。

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