カルテ674 怪球カマグ(前編) その62
「フハハハハハっ! まったく笑いが止まらんわ!しかもお主に送ったコピ豆の出がらしを利用しただと!? こいつは傑作だ! 何を食べたらそのような考えが湧いてくるのだ!?」
今や学院長の身体はけいれんを起こしたように小刻みに震え、傍から見ても大丈夫かと聞きたいくらいの有様だった。
「実はまさにこの場所で、数日前不安と不眠が高じて眠れなくなった私は伝説の治療所・白亜の建物と遭遇し、そこで奇妙なお医者様に教えてもらったのです」
彼女は臆することなく包み隠さずに話した。まるでそれが偽りの主従関係を清算する代償となるかのごとく。
「ほう……あの噂の異世界から訪れると言われる医院か。ではお主は『選ばれた』のだな。まあ、よかろう。それにしてもやけに丁寧な口調で話すようになったな」
ようやく笑い声の治まった学院長は、銀のマスクの口元から零れ落ちる泡を袖先で拭いながら、気になる発言をした。
「『選ばれた』とは……?」
「そんなことはどうでも良い。しかし、ということは、お主にかけた誘惑の魔法は解けてしまった、ということか……実に残念だ」
「……?」
次々と意味不明なキーワードを言葉の端々に忍ばせるグラマリールをいぶかしく見つめながらも、クラリスは今のは何だか微妙に理解できた気がした。
「あの、ひょっとして、誘惑の魔法というのは……アレのことでしょうか?」
「おお、ようやくわかったのか! だがお主にしては上出来だぞ」
仮面の下から愉快そうな声がほとばしる。どうやらいつになく本当に上機嫌な様子だ。
「それって、まさか私を……?」
「ああ、認めるのは癪だがこの際告白してやろう。お主のことは一目見た時から気に入ってしまった。だがインヴェガ帝国のスパイである以上、親しくなっても所詮上辺以下の関係であり、遠からず朝もやのように消え失せるのは火を見るよりも明らかだ。ではどうすればよいか? 考えに考えた結果、とある物を思いついた、という次第だ」
「ああ……」
今こそ彼女は、何故目の前の男が悪魔的頭脳の持ち主として恐れられているのかを理解した。




