カルテ671 怪球カマグ(前編) その59
「さて、本当に大変なのはこれからだな……」
血臭と断末魔を封印するかのように勢いよくドアを締めると、気持ちを切り替えたクラリスは二本の剣を布に包んで腰に結わえつけ、全速力で地上へと向かった。今の騒ぎで人が起き出し、いつ何時ここにやってくるとも限らない。目当ての物は全てとはいかなかったがとりあえずは一部確保できたわけだし、もうここに長居する意味は皆無だ。
(行けるか……?)
階段を登って学院長室のすぐ側を駆け抜ける時はさすがに肝が冷えたが、あの銀仮面がパジャマ姿で顔を出すことは特になく、どうやら無事最難関を突破出来た様子で胸をなで下ろした。そのまま夜の中庭へと飛び出し、一目散に猪突猛進する。今頃になって学院内がざわついてきて、ちらほら灯りが着き始めたようだが、ここまで来ればおそらく逃げ切れるだろう。
「あと少し……うおおおおおおおおっ!」
気合いを入れるため、獣のように夜に吠える。先ほどまでとは別人のようだったが、どうせ誰も見ていないのだから気にする必要はない。石畳を横切り、木立を潜り抜け、ようやく目的地にたどり着いたときは息が切れる寸前だった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
肩を大きく上下させながら、彼女は両膝に手を置いた姿勢で立ち止まる。ここは符学院の最果ての地、高台の端の広場で、あの晩白亜の建物が出現した例の場所だ。眼下の夜更けの街並みがひっそりと静まり返っているのも先日と同様で、崖の下からは強風が吹きつけ、汗ばんだ彼女の金髪をなびかせる。もっとも死闘を制し、重い荷物を持って走ってきたばかりで火照った身体には心地よかった。
(やれやれ、やっと到着したか……本音を言えば、この場で地面にひっくり返って思う存分寝転がりたいところだが、そういう訳にもいかんな……)
息を整えると、彼女は後ろを振り向き、追手がいないのを確認する。幸いまだここまでは捜索の手は及んでいない様子で、一安心したその時だった。
「やっと来たかクラリス。待ちわびたぞ」
「!」
聞きなれた声がすぐ側から夜風に乗って響いてきたため、彼女はまさに倒れそうになった。




