カルテ663 怪球カマグ(前編) その51
「卑怯者め! 後ろから攻撃なんてするんじゃねえよ! 呪文の詠唱がなければ気づかなかったわ!」
「女性を無理矢理犯そうとするような下衆に対して卑怯も何もないでしょう。違いますか?」
「ケッ、痛いところを突いてくるアマっ子だぜ……だがせっかくのチャンスを外すとはしくじったな。所詮はお嬢様剣法か?」
「今のは魔封剣の扱い方に慣れていなかったためです。次は外しません」
「さっきもその台詞聞いたような気がするよ!」
「あれは単なる剣技のみの話です。忘れてください」
「うるさいわ! 忘れられるか黙れボケ!」
口で勝てなくなったセフゾンはついに対話を放り投げると、立ち上がりつつも懐から赤黒い護符を抜き取る。分厚い唇が薄気味悪く微笑むところを見ると、あれこそが彼が得意とする切り札なのだろう……文字通り。
「くたばれクソアマがぁ! トラディアンス!」
勝ち誇ったような吠え声とともに護符から出現したのは、なんとおびただしい量の、護符と同色の小さい何かだった。豆粒ほどの大きさのそれは、明らかに何らかの生命体で、すぐに列を成すとクラリス目掛けて怒涛の勢いで行進を開始した。
「……なんなんですか、その薄汚い護符は?」
「ケっ、目ん玉かっぽじってよーく見やがれ! これで貴様も最後だ!」
「そうは言っても暗くてよく見えないのですが……」
言い合っているうちにも謎の生物群は瞬くうちに彼女の間近に迫り、燭台の灯りに照らし出されてようやくその正体が判明した。
「……アリ?」
それは体長2㎝程度の大型の赤黒いアリで、それぞれが6本の足と大きな顎、そして腹部に小さな針を持っていた。何万匹ものアリは軍隊さながら隊列を成して突進し、進路の途中にある全ての物を津波のごとく呑み込んでいく。
「ケッ、たかがアリだと思って油断してねえか、お嬢さんよ? そいつは世界最悪最強のアリ、グンタイアリだ! 大アゴと針で攻撃を行ない、たとえいくら魔法で吹き飛ばそうが構わず向かってくるぞ! なんせトカゲや鳥はおろか、牛や馬にでさえ平気で襲いかかって噛みつき弱らせ、最後には骨にしてしまうからな。殺すなって言われてたけどもうどうでもいいわ! 砂糖菓子みたいにアリまみれになって死ねや! うおおおおお!」
セフゾンは早くも勝どきの声を上げた。




