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カルテ662 怪球カマグ(前編) その50

「そうですか、でも私も暗闇に目が順応してきました。よって次は外しません」


「馬鹿が、大人しく食らうわけなかろうが! それ!」


 セフゾンは毒づきながら前にある水槽を蹴り飛ばす。傾き倒れた水槽からは横溢する大量の水が流れ出て、クラリスに向かって川のように流れてくる。もっともそんなものでは彼女は止められない。


「ハっ!」


 彼女は床を蹴って跳ね上がり、室内に生じた濁流を飛び越える。そのままセフゾンに接敵を試みるも、すでに彼はその場を離れ、部屋の出口へと向かっていた。このまま取り逃がすと厄介だ。しかも突きが届く距離では到底ない。


(どうする……?)


 悩むクラリスを勇気づけるように、いつの間にか手にした右手の魔封剣の一部が淡く光り輝いていた。彼女はハッと思い至る。以前この場で学院長は5振りの魔封剣について説明した後、確かこう続けたはずだ。


『なお、武芸に秀でた者がこの剣を振るえば、相乗効果で多分思いもよらぬ効果が発揮されるのではないかと推測しておる』


(私はインヴェガ帝国皇帝陛下のお側に仕える近衛騎士団団員だ。まだ団長には及ばないが剣技の腕を磨き続け、今では男性であろうと私に勝てる者は数えるほどしかいない。そんな私が『武芸に秀でた者』でないとは果たして誰が言えよう……?)


 彼女はスッと息を吸い込むと、右手を正眼に構え、疾風を起こすイメージを頭に浮かべる。なんでも完成イメージを事前にしておくのが成功の秘訣だ。彼女の脳内ではセフゾンはこっちが気の毒になるくらいかなり悲惨な死に方をしていた。


「よし、いくぞ! カタプレス!」


 唱えながら、相手の背に向かって勢いよく右手の魔封剣を振り下ろす。呪文の詠唱と共に剣の輝きが一段と増し、周囲の空気が風となって尖端に集まり、そのまま彼に向って千の刃となって襲いかかる。


「ぐわっ!」


 無防備な背後から襲撃された彼が絶叫し、横転する。だが傷を負わせることは出来なかった様子で、彼女を憎々し気に睨んでいた。

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