カルテ654 怪球カマグ(前編) その42
「かたじけない、ホンダ先生。しかし一体どうやってこのでかふぇとやらを作るのだ?」
ちびちびとカフェインレスコーヒーを口にしながら、彼女は核心に触れた。
「僕もコーヒーは専門じゃないので聞きかじりですが、いくつかやり方がありますよ。確か水抽出法や有機溶媒抽出法というものが有名なようです。それぞれコーヒー豆を水または有機溶媒に通してカフェインを抽出する方法ですが、有機溶媒ってのはあまり体によろしくないので、一番安上がりな手法ですがうちの国では現在使えません。水抽出法も結局は途中で有機溶媒を使用するんですが、コーヒー豆に直接触れるわけではないのでわが国ではOKとなっています。ま、そちらの世界ではちょ-っとまだ難しいかと思いますけど」
詳しくないという割には、本多は立て板に水のごとくペラペラと講義した。
「ほう……なかなか大変なのだな。それで百年以上研究されているというわけか」
「おっ、察しが良いですね、お嬢さん。おっしゃる通り、まだまだこのデカフェについては発展途上なのですよ。さっきあなたも感じたように味に関しても改良の余地があるし、より元の物に近づける方向で発達していくんでしょう。いやはや、人間の果てなき欲望に乾杯ってとこですね……お酒じゃなくて、コーヒーでですけど」
本多はカップを掲げて格好よくポーズを決めてみせた。が、まったく似合わなかった。
「そうか、しかしそうなると、こちらの世界ではどうしようもないのか……何とかしてでかふぇする手段はないのか?」
滑った本多の仕草を華麗にスルーしつつも、あきらめの悪い彼女はしつこく食い下がった。何しろ、この機会を逃せば欲望を満たすことは二度と出来なくなるだろう。
「あなたも存外業の深いお方ですね……でも嫌いじゃないですよ、そういうの。よーし、僕も知識を総動員して思い出してみましょう。えーっと……」
本多はまるで燃料代わりにして脳のエンジンをかけて思考を掘り起こそうとするかのようにコーヒーをがぶ飲みした。




