カルテ651 怪球カマグ(前編) その39
「まあ、落ち着いてください。デカフェはノンカフェインやカフェインレスとも言いますが、百年以上も前からその研究がいろいろ行われています。ま、ものは試し、まずは一緒に飲んでみましょう」
「あるのか!?」
「以前お歳暮かお中元かなんかに貰った上等なのがどっかにしまってあったはずなんです。おーい、セレちゃ……って、持ってきてくれるわけないよね……わかったわかった、自分で探すからいいよ、もう……ちょっと待っててくださいねーっと」
本多は非常に悲し気な顔をしながら、一人診察室を出ていった。後に残された患者の方はあっけに取られていたが、だんだん医者の奇行に慣れてきたせいか、その場で静かに待ち続けることに決めた。
(あまり変なものを出されないといいのだが……用心して飲まないに越したことはないか? しかしどんなものか気にはなるな……うーむ)
慣れないパイプ椅子に座って考えているうちに、いらぬ心配ばかりしてしまう。本多も中々帰ってこないため、不安は更に募るばかりだった。
(しかし遅いな……そろそろ様子を見に行った方が良いのでは……?)
待ちきれなくなって椅子を立とうとしたその時である。隣の部屋の方からシュンシュンという音と共に何やら言い合う声が聞こえてきた。
「先生、一体何やってるんですか? いつもほとんどコーヒーなんて飲まないくせに」
「何ってセレちゃん、お客様のために頑張って作ってるのに……っておっとっと」
「そんなガンガンに沸騰しているお湯をドリッパーに注いではダメです。しばらく火を止めて一旦休め、95度くらいにしてからでないと上手く抽出出来ません」
「なんでそんなに詳しいんだよ!?」
「そのくらい知っていて当たり前のことです。まったく、役に立たない無駄知識は嫌になるくらいよく知っているくせに……」
「無駄知識って言うなよ! これでも結構役立っているんだよ! 最近値上げやらコロナやら感染症やら戦争やらなんやらの影響であんまり海外から薬が輸入されなくなってきてるから、診察の時患者さんに、『まあ時はまさに世紀末で拳王のためだけに薬が作られているみたいなもんですよ』って愚痴ったらバカ受けしてたよ!」
「はいはい、わかりましたから後は私に任せてください。邪魔ですしそこをどいてください」
「うがあああああああああああーっ!」
絶叫と同時に彼女の鼻腔を嗅ぎなれた匂いが刺激し、思わず声が出た。
「こ、これは……コーヒー!?」




