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カルテ649 怪球カマグ(前編) その37

「多民族が何の確執も無く共に暮らせる場所がこの地上にあるのか……」


 それは彼女にとっては初めてのカルチャーショックだった。何しろ長年エビリファイ連合を宿敵として憎み、生まれ落ちた時から恨みを晴らすことを家訓として義務付けられてきただけに、どんな悪魔のような相手かと思いきや、何のことは無い、自分たちとまったく変わらない人間たちだったことに驚いたのだ。祭りのごときにぎやかさの山頂付近の道で、彼女は全く面識のない他国の者に親し気に挨拶され、面食らった。


「こんばんは。インヴェガ帝国の方ですね。最近はあまりお国の方はお見かけしませんね。そちら側の山道は雪が多かったですか?」


「さ、さあ……先を急ぐので失礼」


 あたふたと逃げるように去りながら、お告げ所までたどり着いた時は高山の夜間の冷気にさらされているにも関わらず汗だくだった。


「特使の方はしばらく神殿側の宿泊所にて数日間お待ちください」


 運命神に仕える巫女は人ならざる者のようなおごそかな声で告げた。昔からのお得意様のためか、わずか3日間の滞在期間だったが、聖域の清浄な空気も相まって、地上の垢にまみれた自分の汚れきった心が透き通るほど清められていくように感じられたほどだった。宿泊所の中では見知らぬ国の者たちがまるで長年のつきあいの友達同士のように語り合い、一緒に食事をし、和気あいあいとしていた。


 だが、それはそれ、これはこれである。


 やはり偉大なる帝国と他の国は相容れぬ存在であり、彼らとわかり合うことは数千年に及ぶ帝国の歴史においてただの一度もない。


(いかん……任務遂行のために気を引き締めてかからねば……)


 ここはあくまで雲の上に浮かぶ一時の幻想郷に過ぎぬ。そう割り切った彼女は空気に飲まれないよう気をつけながら時を過ごし、三日後に再び山頂を訪れ、美貌の巫女より無事お告げを授かった。その予言こそがまさに若い彼女の運命を激変させ、敵地へと潜入させる結果になるとはなんとも不思議な星回りであったが。

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