カルテ647 怪球カマグ(前編) その35
(本音を赤裸々に述べるとは、かくも心地よいものだったのか……久しく長いこと仮面を被って生活していたせいか、すっかり忘れていた……)
全てのペルソナを脱ぎ捨てた彼女は、目の前のぶしつけな男にいつしか感謝の念を抱いていた。人はこのような効能をも求めて世界のはざまを彷徨う医院を訪れるのだろうか、と頭の片隅で推察しながら。
「なるほどなるほどなるほど・ザ・ワールドは時間停止ものですねー、ようやく大分事情が見えてきましたよー。勤め人ってのは切ない存在ですね。自分も大学病院勤務の時はしょっちゅう教授回診でドジって、AFはなんの略か答えろなんて教授に言われて思わずア〇ルファ〇クなんて言っちゃってカルテを投げつけられましたよ。あっ、すみません! ついつい変なネタ言っちゃって!ちなみにAFとはぐがごきっ!」
性懲りもなく無駄話ゾーンに突入した本多の頭蓋骨にどこからともなく吹っ飛んできたお盆が命中したため、彼は頭を抱えてうつむいた。彼の背後の扉にごくわずかな隙間が開いており、そこから凶器が飛来したのは間違いなかったが。
「んもー、セレちゃんめ、もう少し情けがあってもよさそうなもんだけど……それはさておき、ちょーっとわからない点がいくつかあるんで、ぶっちゃけた質問よろしいでしょうか?」
「ああ、好きにしろ」
胸のつかえが取れたようにすっきりした彼女は、本多のぶしつけな態度もあまり気にならなくなっていた。
「では、お言葉に甘えて質問その一、なぜユン○ル皇帝液陛下とやらは、今更符学院の機密になんぞ興味を持ったのでしょうか? 護符なんて昔っからありますし、タイミング良く新情報が入るなんて保障はありませんからね。質問その二、なぜ皇帝陛下は、『お前でなければ駄目なのだ』と仰せになられたんでしょうか? 失礼ですがたとえ優秀だとしてもあなたはまだお若いし、そんな重大任務を任せなければいけないほどインバウンド帝国は人材不足なんですかね? 答えがわからなければ、回答しなくても構いませんが」
一気に話し終えると、本多は質問は以上です、とでも言うように軽く会釈した。




