カルテ646 怪球カマグ(前編) その34
「まあ、そんなわけで燃え盛る街から命からがら脱出し、なんとか帝国まで命辛々逃げ帰った我が不甲斐ないご先祖様は、全ての災厄の原因として忌み嫌われ、当然のことながら当時の皇帝の信用も失い、一気に階段を転がるように落ちぶれていったのだ。恥ずかしい話だがな」
ようやく語り終えると、彼女はその美貌に寂しげな笑みを浮かべた。
「いえいえ、別にあなたが悪いわけじゃないですし、ご先祖様だってそんな未来を知っていて薬草師を助けたわけでもないでしょうし、運命ってのは本当わからないもんですよ」
「この世の理から外れ、人知を超えた存在のあなたにそう言われると納得も出来るな、ありがとう、ホンダ先生」
彼女は素直に礼を述べると、少し呼吸を整えた。喋ることはまだまだある。
「こうして長年不遇を味わってきた我が一族だったが、なんとか潰れずに持ちこたえてきた。私は先祖の名誉を挽回し、また家名を盛り上げたいと考え、幼い時から日夜勉強と武芸に励み、様々な手段を使い、遂には皇帝陛下のお側に仕えるまでになったのだ」
知らず知らず遠い目になる。本多は珍しく茶々を入れず神妙な面持ちで黙って聞いていた。
「ある日、私はヴァルデケン皇帝御自ら、符学院の学院長の信頼を得て、学院の有する最新の機密について入手しろと密命を受けた。あまりにも恐れ多く、こんな未熟な自分ではとてもそんな大任は無理だと固辞したが、皇帝陛下は、『お前でなければ駄目なのだ』と仰せになられたため、止む無くお受けしたのだ」
「ほー、それはそれは、さぞや大変だったでしょう」
「確かに最初のうちは慣れない土地と慣れない業務で苦労の連続だったが、次第になじんできて、別の人格も徐々に身についてきた。任務も着々と進行しつつあり順調に思われたが、その矢先の不眠と不安だったので、無意識のうちにまいっていたのかと思ったのだ」
語りながら、彼女は初めて秘密を他者に打ち明けたためか、言い知れぬ開放感に全身が包まれるのを感じていた。




