カルテ645 怪球カマグ(前編) その33
「ほう、そりゃまた一体どうしたわけで? まさか急に陥没乳首にでもなったんですか?実は僕の乳首も片方が少々……」
「陥没ではなく没落だと言っとろーがこのクソ医者!……まあ、いい。遥か昔、まだ一族が栄えていた頃、当主だったご先祖様の一人がエビリファイ連合討伐軍に加わり、ガウトニル山脈を越えて一つの大きな街を占領した。ほぼ無血開城だったと聞いている」
「お手柄じゃないですか!」
「そこまでは良かったのだが、異国の環境と軍隊生活で参ったのか体調不良となり、その街に住む薬草師の手当を受けて回復した際、恩義を感じて彼を密かに街から逃がす手助けをした。そのことは後ほど明るみに出たが、たかが薬草師一人、さしたる影響もないだろうとのことで大したお咎めも受けなかったとのことだ」
「それじゃ一体何が良くなかったって言うんですか? んも~、 そろそろ教えてくださいよ~、けちん坊さ~ん、いや~ん、まいっちんぐ!」
焦らしっぷりに耐えられなくなったのか、本多の言動が怪しくなってきた。
「あと少しだから待ってくれ。ていうか黙れ。やがて月日は流れてその地の帝国の領土化が徐々に進んでいた頃、ある晩突如その街は何の前触れもなく火の海に包まれ、住人たちの大半は阿鼻叫喚の中、生きた死人と化していった。なんでもくだんの薬草師がその後どういう人生を歩んだのかはわからないが規格外の死の怪物へと変化して街に舞い戻り、復讐を遂げたそうだ。大火傷を負った大商人の婦人が死の間際にそう語ったらしい。彼女はその薬草師の知人だったとのことだ」
彼女は「メジコンの悲劇」と帝国側で細々と語り継がれる歴史的事件について語った。
「ありゃ~、そりゃすごい。その薬草師さんの顔とやらを一度拝んでみたいもんですね~。医師として興味もありますし」
以前まさにこの診察室内で美しいエルフ娘を連れた噂の人物と会ったことがあるくせに、素知らぬ顔で本多はいけしゃあしゃあと言い放った。




