カルテ643 怪球カマグ(前編) その31
「……」
本多は相変わらず初見の人間が見たらぶん殴りたくなるほどのにやけ面をして黙っていたが、先ほどとは違ってその眼光は幾分か真剣味を帯びていた。その輝きは人類のまだ知らぬ叡智を秘めている遥か彼方の星の光にも似ていた。それを凝視しているうちに、彼女はハッと気づいた。
「ひょ、ひょっとして何かこの渇きを癒す方法があるのか!?」
あえぐように問いかけながらも、彼女は確信を得ていた。これだけ技術や医学が発達した異世界ならば、自分のような悩みを抱えた人間を救うすべの一つや二つ、あったとしてもおかしくはない。いや、絶対にあるはずだ!
「なくはないんですよ。ただ、僭越ですけどご自分の事情はほとんどなーんにも言えなくって、その代わり更に頼みごとをするってーのはちょーっとばかり虫が良すぎやしませんかね、お嬢さん? 根掘り葉掘り聞くつもりは毛頭ないって言いましたけど、それは残念ながら治療に関するところまででして、追加となると話は別なんですよー、悪いけど」
「うっ」
彼女は喉を長い棒で突かれたようなショックを受け、口ごもった。確かにろくに名前すら告げない相手に対し親身になれと言われても、普通は中々難しいだろう。しかし……。
「そ、そこをなんとか出来ないだろうか? ことは私だけの問題ではないのだ。情報が洩れると大変なことに……」
「誰にもそんなこと言いませんから大丈夫ですって。なーに、単なる僕の知的好奇心を満たしたいだけですよ。今夜の診察の報酬として、ね」
「うーむ……」
彼女は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、悩み続ける。だが、頭の中の天秤は着々とコーヒーへの未練の方に傾いていた。それに仮にここで秘密をばらし、それを本多がこちらの世界の人間に語ったとしても、異世界の医者から聞いたというフィルターが掛かっており、信頼に足るものとは決して言えないだろう。
「わかった。全てをお話ししよう、ホンダ先生。だが、本当に他言無用に願う」
唾をゴクンと飲み込むと、崖から飛び降りるような気持ちで彼女は遂に決断を下した。




