カルテ639 怪球カマグ(前編) その27
「おや、ちょっと顔色が悪いですよ、お嬢さん。一旦休憩しますか? それともいっそのこと入院しちゃいますか?」
「出来るか馬鹿者! いいから続けてくれ。でないとコピ豆のように顔面を砕いてすりつぶすぞ。私のことなら大丈夫だ」
「確かにそれだけ減らず口が叩ければ問題なさそうですね。わかりました、じゃあコーヒーに関する効果の歌でも歌って場を和ませましょうか? 昔大ヒットしたそうですが中々面白くって……でもあの曲のリズムって実はルンバじゃないって噂が……」
「いいから続けろぉ!」
全然わかっていない医者に苛立ちつつも、彼女は何とか気力を奮い立たせて気丈に振舞った。この程度のことで一々うろたえるわけにはいかない。彼女の任務とはそれほど重要なものであった。
(しかしこいつ、本当に千里眼の持ち主じゃないだろうな……)
医師のにやけ面を睨みつつ、彼女はまるで自分がどんどん丸裸にされていくような未知の不安を覚えた。先ほど彼女の嗜好を当てたように、とぼけているように見えても彼の眼力は馬鹿にならない。
「さて、このカフェイン、適度に摂れば活気を出したり眠気覚ましにも役立つのですが、過剰に摂取すると様々な問題を引き起こします。神経刺激が強まることによって、めまい、動悸、興奮、不安、不眠が生じるようになるのです。そのくせ身体はカフェインを求め、砂糖に引きつけられるアリのようにコーヒーをむさぼり、やめられなくなる人も多いです。やっぱあのそそる匂いがいけないんでしょうかねー」
「……まあ、言われてみれば、私も香りにつられ、『飲み過ぎないようにな』と注意されていたにも関わらず守らなかった落ち度はある」
彼女は素直に自分の非を認めつつ、あの日のことを思い浮かべた。予言者のごときグラマリール学院長の忠告は、おそらくこのことを指していたのだ。
「まあ、仕方ないですよー。僕らの世界のコンビニって雑貨屋でも、店先でコーヒーを直接機械から注ぐ形式で売ってる店舗があるんですよね。あれってすっげえ店内に匂いが充満するので、それで他の客を釣る戦法なんですよ。いやー、世の中罠ばっかりですわ」
「……」
本多の身振りを交えたトークのせいか、彼女は鼻先がなんだかムズムズしてくるような錯覚に襲われた。




