カルテ614 怪球カマグ(前編) その2
学院長の部下が叫んだのも無理はない。なんとそこは、変わり果てた村の跡だった。もっとも変わり果てたといっても建物が破壊されたり朽ち果てているわけではない。半径数十メートル程の円形の広場の周囲を取り囲む家々は粗末ではあるが、つい先ほどまで人が住んでいたかのようにしっかりとしており、蜘蛛の巣すら無さそうだった。しかし……。
「これは……一体なんだ?」
何時いかなる時でも冷静沈着を誇るグラマリールも、わずかに言葉に動揺を滲ませる。それほどその場の姿は異様だった。何しろ広場や家の戸口に銀製と思しい等身大のハイ・イーブルエルフの像が立ち並んでいたからだ。彼らは奇妙なことに、普通の衣服を身にまとっていた。その恰好は様々だったが、皆一様に驚きの表情を浮かべており、まるで何か恐るべきものを目にしたかのようだった。
「銀の像……でしょうかね?」
「そんなことは言われずともわかる。何故こんな辺鄙な場所に、そんな物がわざわざあるというのだ?」
「さあ……ひょっとして、前衛芸術ってやつでしょうか……ここはとある気鋭の芸術家の秘密の展覧会場だったりして……」
「真面目に言っているのか貴様? 少しばかり痛い目に遭った方が脳がすっきりするか?」
グラマリールがどこから取り出したのか、スッと右手になんとも言えない濁った色合いの護符を構える。
「いえいえいえいえいえ、滅相も無い! ちょっと場を和ませようと……でも、ってことは……」
「ああ、おそらくこいつらは何らかの力によって銀に変えられたこの村の住人たちだろうな、ほぼ間違いなく」
護符を戻し、仮面越しに隠れ里を一瞥しながら、学院長は恐るべき結論を下した。
「ああ……でも、ってことは何かの魔法によるものでしょうか……?」
小心者の部下は聞きたくなかったといった表情を目元に浮かべながらも、推論を述べる。
「さて、結構長いこと生きてはいるが、そのような魔法はついぞ聞いたことも無いな。もしあれば今頃そんな護符は万人の知るところとなり、途方もない高値がついているだろう」
「ですよね……でも、じゃあ、一体……」
「待て」
いぶかしげにつぶやく部下を左手で制し、グラマリールは村の奥を注視した。そこは背の高い木々が壁のように密集している場所だったが、ただならぬ気配が充満し、彼の警戒心は即座にマックスに達した。
「魔獣だ」




