カルテ611 牡牛の刑(後編) その62
室内の非力なランプのオレンジ色の明かりの元でも、魔封剣ハラヴェンは天空にはためくオーロラのように妖しげな緑色の光輝を薄っすらと放ち、その存在を誇示していた。まるで、持ち主の意思を乗っ取り勝手に人に切りかかると言われる妖刀のように。
「「「ちなみに俺は護符のことは先刻承知だったがな」」」
さっきまで打ちのめされていたケルベロスが、ここぞとばかりにドヤ顔を決める。
「なんでお前が知ってんだよ!? 女のことすら知らないくせに!」
「「「相変わらず一言余計だクソ牛! そもそも俺は副団長という貴様より責任ある立場にあったから、団長殿より折に触れて薫陶を受けていたのだ。格が違うわ格が!」」」
「じゃあ魔封剣腹ペコとやらの原材料もわかるってか?」
「「「い、いや、それは……」」」
反撃され、たちまち魔犬の勢いが、空気の抜けた風船のように急激にしぼんでいく。どうやらそこまでの機密情報は与えられていなかった様子だ。
「ちょうどいい機会だ。ホーネルもケルガーと共に考えるがいい。何故私の手にするこの刀が、護符同様に魔法を使えるのかを」
「「「……」」」
「……」
室内が時が止まったかのような沈黙に支配され、三人ともその場で化石のように微動だにせず、魔剣の光だけが皆をあざ笑うかのように緩やかに揺れ動いていた。
「降参だ! せめてなんかヒントくれよ団長!」
先に根を上げたミノタウロスが情けない声を発する。
「やれやれ、もう白旗か。プライドの欠片もない駄牛め。あえて言うならば、私が漏れ聞くところによるとハイ・イーブルエルフ族はその身に体感した自然現象などを、どういう原理か知らんがその皮膚が記憶し、呪文を唱えることによって魔法として発現させることができるとのことだ。身体に刻まれた刺青と関係があるという説もあるがな」
ヒュミラは手にした剣で無造作に卓上の護符を指す。先ほど明かされた秘密のせいか、普段は何ということの無いそれらまで妖気を放っているようにケルガーには感じられた。




