カルテ609 牡牛の刑(後編) その60
一時間後。
「うめえ!」
「うめえ!」
「うめえ!」
傾いた斜め屋敷で床に這いつくばりながら、腹ペコケルベロスは大きな皿によそわれた肉と野菜のスープの中に三つの首を突っ込みガツガツと貪り食っていた。ちなみにミノタウロスは部屋の隅っこで皿を抱えて食べており、優雅にテーブルについているのはヒュミラただ一人だった。
つい先ほど二人に任務を与えると雄々しく宣言した彼女だったが、その前に腹ごしらえをしてからだと急に前言撤回し、現在の状況に至るわけである。
「おいおい、もうちょっと落ち着いて味わえよ、パイセン。さすがにむせて窒息死するぞ。それとも首が三つあるから大丈夫なのか?」
「しかし食材が一気に減ってしまったな……これは大至急帝都に追加を要請せねば、遠からず飢え死にするぞ。やれやれ、仕方がない。心苦しいが用済みとなった雄牛でも潰すとするか?」
しかめっ面をしながらヒュミラがスプーンで牛小屋の方向を指し示す。
「やめてくれ! 俺の大事な大事な魂の兄弟のモーモーちゃんを殺さないで!」
「冗談に決まっておるわ! 恐れ多くも陛下より賜った牛を勝手に食べようものなら私まで罪人になるわ。それにしてもよっぽど飢えていたんだな、ホーネル」
「「「ハッ、申し訳ありません!久々にまともな食事をとったため、つい夢中になっておりました! 団長お手ずから作られたスープをいただくことが出来てこの上なく満足しております!こんな美味しい肉は初めて食べましたが、これは一体……?」」」
「そりゃ俺が料理したスープで、材料はさっき入手したばかりのあんたの尻尾だよ、ホーネルさん」
ようやく顔を上げて謝辞を述べる魔犬に対しケルガーがいらんことを言ったため、ホーネルは思わず戻しかけた。
「「「貴様が作っただと!?しかも俺様の尻尾だと!? うがああああああああああああ!」」」
「あいにく家事全般は俺の担当なんで悪く思わんでくれよ。あと、確かにこの地は年中食糧難なので新鮮な肉ってのは貴重なんだよ。大丈夫、適当にあく抜きしたから毒成分は薄いんじゃねーの?よく知らんけど」
「「「そういう問題じゃないわあああああ!」」」
皿をひっくり返しながら哀れな魔獣は三つ首とも絶叫した。




