カルテ601 牡牛の刑(後編) その52
「ほえ?」
ホーネルの渾身の爆弾発言が、ケルガーの意識を瞬間的に真っ白に染める。中々言葉の意味が頭に入ってこない彼は、不思議な笑みを浮かべたままのヒベルナに恐る恐る視線を合わせ、次にまたホーネルに目を移す。
更に再びヒベルナを凝視した時、彼女はいつの間にか腰の剣を音もなく抜き取っていた。その氷のような刀身が薄暮の星明りの下で煌めき、刀の持ち主が誰であるかを示す紋章がくっきりと浮かび上がった時、ようやくケルガーはホーネルの言葉が紛れもない真実であると認めざるを得なくなったため、大いに絶叫した。
「うげえええええええーっ!? 何でだよーっ!? ってか団長ってもっと声低かっただろーっ!? まあ、そう言われればいっつもヘルメット被ってたんで、素顔なんか拝んだこともなかったけどよ……」
「ああ、あれは女だとばれるとお前のようなやからになめられると懸念していたので、わざと鎧兜をフル装備していたのだ」
「そうか……てっきり禿げ頭の不細工なおっさんなんで恥ずかしいから隠していたのかと思っていたわ……」
「誰が禿げ頭の不細工なおっさんだ!? ちなみに声の方は無理矢理低音を出してしゃべっていたのさ、それに長文を話さねばならないときは、いつもそこのホーネルに代理を頼んでいたしな。今となっては懐かしいが……」
ヒベルナ、もといヒュミラは流星のごとく輝く剣を軽く振って風切り音を立てながら、その切っ先をケルベロスの方へと向けた。
「「「おっしゃる通りです、ヒュミラ団長。俺……いや、私は、腹心の部下として貴方のご尊顔を拝する栄光を賜り、この上ないほどの名誉だと誇っておりました。またお目にかかれて非常に嬉しく思います」」」
とても先ほどまでケルガーに罵詈雑言を浴びせていたとは思えないほどの礼儀正しい態度で、ホーネルはうやうやしく返答する。謎に包まれたヒュミラの真の姿を唯一知る彼だからこそ、先の戦闘中に彼女の声を耳にして、ショックで固まってしまったのだった。




