カルテ592 牡牛の刑(後編) その43
「あいつ保健所って施設からただで貰ってきた雑種であんまりやる気のないやつで、散歩の時なんかすぐ疲れて道端にへたばるくせに勘が良くて、餌に混ぜた薬をすぐさまペッと吐き出すんですよー」
「そいつは弱ったもんだな。じゃあ、どうやって飲ませたんだ?」
「そうですねー、例えばパンにバターを塗ってその間に錠剤を挟んだりしてみたんですが、それでも上手いこと見つけては薬だけ食べずに残すんですよ。しまいには口を大きく開けさせてその中に手を突っ込んでなんとか入れてやりましたね。いやー、噛まれるんじゃないかってひやひやものでしたよー」
「そうか……ま、犬は臭いがする物が苦手だし、仕方がないわな。なあに、俺の方は牛だから何とかなるだろうさ」
そうお気楽なことを言って会話を締めくくったケルガーだったが、今考えると非常に甘い考えだった。雄牛は本多家の駄犬同様お気に入りの飼料にこっそり隠して入れても口から噴き出すため、粉々にすり潰してまんべんなく混ぜたり、牛と兄弟のように親しくなって信頼関係を築いていった。幸い同じ牛頭同士のためか、それともケルガーの献身が伝わったのか、はたまた慣れたのか、次第に目論見は功を奏し、今では彼の手から渡した物は何でも口にするようになった。
かように何事をするにも一つ一つ創意工夫が大切だと、彼はこの最果ての地で骨の髄まで叩き込まれた。
「俺は『知恵は力なり』ってことを身に染みて経験し、悟ったよ。知恵ってのはなにも学校のお勉強だけじゃねえ。日常の何気ない様々な場面に潜んでいるってわけだな。だからクソひでえ寒さとうるさい木枯らしのせいでろくすっぽ眠れない夜なんか、薄い布団を被りながら脳汁が垂れてきそうなほどギンギンに朝まで考え込んだもんさ。どうすれば牡牛の刑を無事終了させて、またヘパロシアの飲み屋で美味いエールにありつけるかってね。そして遂に俺は闇の彼方に一縷の望みを見出した」
ケルガーは薬を潰れんばかりにぎゅっと握りしめると、その拳を先ほどの大岩目がけて突きつけた。




