カルテ582 牡牛の刑(後編) その33
「やんのかシャバ僧がこらああああああ! かかってこいやあああああ!」
「ハッハッハッ、馬鹿め、まんまと罠にかかりおって……」
「ちょっとうんちもしたい……ダメ?」
手負いの獣のごときミノタウロスの猛攻に対し、ケルベロスは今度は何故か回避するそぶりも見せず、堂々と立ちはだかっていた。
「!?」
途端に前触れも無しにケルガーの右膝が崩れ落ち、そのまま地面にどっかとつく。まるで巨木が切り倒されるかのように。
「ど、どういうことだ!? まるで身体に力が入らねえ!」
激しく狼狽するケルガーだったが、糸の切れたマリオネットのごとく、自分ではどうすることも出来なかった。
「この脳筋牛が! 誰が馬鹿みたいに直接貴様なんぞとやり合うもんかよ!」
「フッフッフッ、不思議で不思議でたまらない様子だな、ケルガーよ。よかろう、たまには理性モードで解説してやれ、三つ目よ」
「任せたまえ。貴様が先ほど吸い込んだアコニチウム・ミストは確かに少量ならば命を奪うまでには至らないが、徐々に神経を侵し、一時的に身体機能を麻痺させることがある。要するに最初の攻撃の時点ですでに勝負はついていたのだよ、愚かな牛男め。さっさと大人しく負けを認めて牛タン塩とカルビ肉になるがよい。というわけで追加注文お願いします。あと、ここら辺におトイレないですか?」
「……そういうことかよ。てかここは食い物屋じゃねえよ!」
遅まきながら理解したケルガーは、少しでも毒霧を吸入したことを悔やんだがもう遅い。体中からはとめどもなく脂汗がしたたり落ち、即座に凍り付いて表面に白く張り付く。厳寒の地では黒馬も白馬に変わると聞いたことがあったが、今まさに彼は世にも珍しい白銀のミノタウロスと化していた。
「ク……、こんなフォークダンスの他には女と手をつないだこともないようなクソ童貞ごときにしてやられるとは……恐るべし、童貞汁!」
「「「だから童貞汁じゃねええええええええええ!……っていかんいかん、また貴様のペースに乗せられるところだったわ……フゥ……」」」
相変わらず挑発に弱いナイーブなホーネル三兄弟だったが、現在自分が明らかに優勢なことを再確認し、すぐに落着きを取り戻した。




