カルテ575 牡牛の刑(後編) その26
「♪赤フン外した勇者様― 川でジャブジャブ洗濯中ー それ見たサキュバス興奮しーっと……ん? こいつはひょっとして……」
林の中での激戦なぞついぞ知らず、相も変わらずお下劣な自作のサーガを口ずさみながらカツーンカツーンとツルハシを崖に向かって振り下ろしていたケルガーだったが、どうやら何か毛皮のようなものが顔を覗かせたため、手を止めた。
「おおっ! ついにやったか! ブラボー! やっぱ努力って報われるんだね! これでしばらくはおやつに困らないぜ! さーってと、こっからは慎重にやらないとな……」
喜びの余り有頂天になってガッツポーズを決める腹ペコミノタウロスだったが、即座に冷静な思考状態に戻ると、動物の死体の回りと思われる範囲を丁寧に掘り起こしていった。
「少しでも傷つけると味が落ちるし食うところが減るからな……やれやれ。でも美味い料理を作るためには仕方ないか。ああ、あの愛用の銀の鍋さえあれば絶品の肉鍋が味わえたのになあ……おのれ、憎っくき吸血鬼の小娘め!今度会ったら手加減せずにギッタンギッタンにしてくれるわ!」
かつての自分の蛮行は棚に上げてルセフィを呪いつつも作業は順調に進行していき、ようやくケルガーは死体の埋もれた岩盤を丸ごと崖から引きはがすことに成功した。
「フーッ、疲れたけどやーっと一段落したぜ! 後はこいつの土をどかせば……ってななななんだあああああああ!?」
一休みしようと腰を下ろしかけたその時、頭上から紫色の液体が降り注いできたため、彼は肝をつぶしそうになった。
「クッ……迷っている暇はねえ!」
咄嗟の判断でケルガーは今掘り起こしたばかりの傍らの獲物の入った岩を傘代わりにして頭上に持ち上げる。毒々しい色合いの時ならぬ驟雨はシュウシュウと音を立てて露出部分の獣の死骸を焼いた。鼻を突く悪臭がたちどころに周囲一帯に広がる。それは彼の記憶を呼び覚ますのに充分だった……あの、愛しい人との別れの日の記憶を。
「こ、この臭いと攻撃方法は……間違いねえ! クソ童貞副隊長! あんたしかいねえ!」
「「「童貞言うなクソ牛があああああ!」」」
上の方から罵声が三重奏で返ってきた。




