カルテ573 牡牛の刑(後編) その24
ケルガーが比較的のんびり過ごしていた頃、ヒベルナは白狼の群れを相手に八面六臂の大奮闘をしている真っ最中だった。襲い来る死の牙を踊るように軽やかにかわしつつ、必殺の斬撃をお見舞いする。その度に冬の木立に血飛沫が舞った。最初はたかが人間の雌一匹と明らかに侮っていた野獣たちも、彼女の目の覚めるような剣技の前に、一頭、また一頭と血塗れの肉塊に変えられていく様を目撃して背筋を凍りつかせ、襲撃には参加せずに遠巻きに様子を窺うものも増えてきた。
「グゥ……バゥ!」
「ワオーン!」
「グオオオオーッ!」
だが、恐れを知らぬ若い個体たちは、仲間の痴態振りを見て逆に闘争心に火がついたのか、更に勢いを増し、三体同時に特攻をかけてきた。
「やれやれ、これだけやっても格の違いもわからぬとは、所詮畜生は畜生だな。ならば全力で叩きのめし、群れごと壊滅させてやろう! くらえ、カタプレス!」
ヒベルナが歌うかのごとく詠唱すると、なんと手にした剣が淡く輝き、剣先から凄まじい突風が巻き起こった。荒れ狂う風は三匹を取り囲むと、見えない鋼線でも触れたかのように切り刻んだ。
「「「グギャアアアアッ!」」」
愚かな若輩者たちはそろって地上に激突し、時季外れの紅い三つの華を咲かせる。
「この魔封剣の力を甘く見るなよ下郎ども。叙勲式の日に恐れ多くもヴァルデケン皇帝陛下御自らより賜りし国宝級の業物だ。貴様たち野良犬ごときにこの真価を披露するのは勿体なさすぎるが、私もこれ以上の無駄な流血は望まないのでな……さて」
静かに剣を鞘にしまいながら、勝者の貫禄と余裕を持ってヒベルナはゆっくりと周囲を見回した。
「この中に群れを率いるリーダーが必ずいるはずだが……お前か? 先ほどから身じろぎもしなかったのは貴様だけだったからな」
彼女は群れの最奥に控える、他の有象無象とは明白に異なる威厳を湛えた、老獪な瞳のやや大柄な白狼を凝視した。




