カルテ573 牡牛の刑(後編) その23
「すみませんねー、年甲斐もなく興奮しちゃって。まあ、気休め程度にはなると思いますので田舎でのスローライフだとでも思ってのんびり牛さんと一緒に過ごして羽根を休めてください」
「そんな牧歌的な暮らしじゃないのは明々白々なんだが……でも、あんたのお陰でちったあ生きる希望とやらが湧いてきたぜ。ありがとさんよ、先生」
ようやく我に返った本多から大量の抗ドーパミン薬をせしめて、というか処方されて、ケルガーは素直に礼を述べた。
「いえいえ、お気になさらず。出来ればこんな不確かな物じゃなくて、どこぞの製薬会社さんがボニューヨーデルなんて感じの名前の薬でも開発してくれたら嬉しいんですけどね……」
「相変わらず何言ってるのか微塵もわからねえよ!」
ミノタウロスは再び喉が割れんばかりに吠えたてた。
「何だかんだ言って結局最後まであのクソ医者の突っ込み役だったなぁ……でもまあ、確かに御守り代わりにはなるか? 俺の心の安全保障のな。よしよし、いい乳出せよ」
ケルガーはあの晩のコント寸前のやり取りを思い浮かべながら雄牛の頭を優しく撫でてやった。こいつの命を守り、世話をしているうちに徐々に愛着が湧いてきたのを実感していた。牛はそんな主人の心を知ってか知らずか、黄金よりも貴重な異世界の薬をモグモグモグモグと反芻するのに忙しく、彼を見もしない。
そうこうするうちに北国の短い日は早くも寿命を迎えそうで、空の色がまるで嵐の前のように急速に陰ってきた。ケルガーは慌てて手のひらを雄牛の頭からツルハシに移し替え、気合いを入れて岩壁めがけて打ち下ろした。
「おっと、こりゃいかん。早いところ食料を見つけて引き上げないと……しかしあのクソアマ、何故か知らねえが今日はまだ帰ってくる気配がねえな。もうちょい延長しちゃってもいいかな?」
己の欲望に人一倍弱い魔獣が良からぬ算段を企てていた時、彼の頭上の林が微かに揺れ動いた。




