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カルテ568 牡牛の刑(後編) その18

「アオーンッ!」


 もはや最初の勢いはなかったが、それでも孤狼は負けじとばかりに攻撃体勢を取る。


「フッ、所詮は畜生だな。まだ懲りていないと見える。ならばこれでも食らえ!」


 気合一閃、勢いよく抜き放たれた長剣は、まるで自らの意思を持っているかのごとく、一直線に狼に切りかかると、初雪のように白い毛皮に真紅の軌跡を描いた。


「グガアアアアアアッ!」


 格の違いもわからぬ哀れな狼は、断末魔と同時に首と胴体が永遠に分かたれた。


「食後の腹ごなしにはなったか? しかし求める獲物はこいつではなかったんだがな……ま、いいか」


 ヒベルナは息切れ一つ見せずにどうと大地に崩れ落ちる屍を睥睨しながら一人つぶやく。その剣の腕前は鮮やかで、ケルガーに大口を叩いてみせたのも故無きことではないと思われるほどの見事さだった。


「だが血の臭いは厄介だな。何しろ奴らは鼻が利くし……」


 早くもシャーベット状に変化しつつある剣に付着した獣の血液を、ヒベルナは剣をブンブンと振って落とそうと試みる。その輝くような刀身には、王冠をグルっと囲んで守ろうとするドラゴンの紋章が刻み込まれていた……伝統あるインヴェガ帝国近衛騎士団の紋章が。かつてケルガーも所属していたその栄誉ある組織で、この剣を握る資格を持つ者はただ一人であった。


「やれやれ、大事な剣に畜生の臭いが付いてしまった。皇帝陛下のお怒りに触れなければよいが……さてと、やはりこのままただで帰してくれそうにはないな」


 ヒベルナは抜身の剣の柄を握りしめたまま、辺りを一瞥して軽くため息を吐く。彼女の予想よりも早く、周囲の木陰には餓狼たちの瞳が、夜空の双星のごとくいくつも輝いていた。今の一連の騒音は、彼らの注意を引き付けるのには十分過ぎるほどだったらしい。


「まあ、これくらいの窮地を切り抜けられぬようでは、近衛騎士団団長の名を返上せねばならなくなるのでな。受けて立とう、来い、下郎ども!」


 今やどちらが狼だかわからないほど、彼女の身体からは凄まじい殺気がほとばしり、林間の空気を急激に塗り替えていった。

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