カルテ565 牡牛の刑(後編) その15
「まったく、こんな素敵なタダ飯食堂が近所にあるなんて、運っていうのはわかんねえもんだな。ファロム山では散々だったけれど、今度こそカルフィーナ神に感謝ってか? さーって、あのクソババアが帰ってくる前に一丁やるとしますか!」
牛の世話が終わった彼は、居てもたってもいられずに牛に縄を付けて外に引きずり出すと、疾風のような速さで崖下に駆け寄っていき、腕まくりして早速仕事に取りかかった。育ち盛りの若者をもしのぐ魔獣ミノタウロスの旺盛な食欲は一日二回の雀の涙ほどの量の食事量では到底満足できず、常にすきっ腹を抱える羽目になるのは必定であった。よってこうして鬼もとい監視係の目を盗んではこっそり崖に向かい、せっせと生肉をゲットしていたのである。なお、牛を連れて行ったのは散歩させて体力をつけさせるためと、狼に襲われないよう手元に置いて見張るためであった。
そして、これは後で知ったことでもあるが、実は白狼たちも彼と事情は同じであった。肉食動物に生まれた悲しいサガのため獲物を手に入れられなければ即飢える奴らは、狩りに失敗した時などは口に糊するため、ここを訪れては地表付近を爪で掘り、おやつにありついていたのである。
彼がそれを知ったのは、断崖の数か所から死体を引きずり出した形跡があるのを発見したからであった。幸いなことに、今までこの場所で獣と鉢合わせしたことはなかったが……。
「もっとも出くわしたところで返り討ちにしてやるけどな。しっかしすっげえもんだぜ。数千年前の冷凍肉が未だに普通に食べられるんだから。こりゃ毒見役になってくれたゲテモノ食いのメイロン博士とやらに大感謝だな。フフーン、♪赤フン締めた勇者様~地下迷宮で出くわした~ミノタウロスが興奮し~っと」
自作の変な歌を口ずさみながらツルハシを振っていたケルガーだったが、その時崖の上にある林の中でかすかに狼の鳴き声が響いたような気がしたため、ふと手を止めた。
「まさか……あのクソアマか?」
彼は頭上を見上げ、しばし続報を待ったが、風によるざわめきに遮られたのか物音は聞こえてこず、最初から何もなかったかのようにただ午後の穏やかさだけが北の大地を覆っていた。




