カルテ562 牡牛の刑(後編) その12
帝国の秘密施設で創造された魔獣たちは基本的に、「帝国軍人に対しては逆らってはならない」という暗示を施されているため、ミノタウロス化されたケルガーは、軍籍に身を置くヒベルナに対して一切の手出しが出来ないのだった。つまり彼女がこんな僻地に罪人である彼とたった二人きり(雄牛を除いて)で寝食を共にしているのはその理由もあってのことである。
「相変わらずあまり美味くない紅茶だな。安い葉のせいか渋すぎていかん。出来ればミルクをたっぷり入れたいところなんだが……早いところ雄牛から絞り出せ、鈍牛」
「それが出来てりゃ俺はこんな場所にはいねえよ!わかるだろ!」
「まあ、今のはちょっとした冗談だ」
眉一つ動かさず軽口を叩く女軍人は、朝食を食べ終えた後、不味いという割には紅茶をごくごくと喉に流し込んだ。
「さて、腹ごしらえも終わったことだし、後は風呂だな」
「優雅な御身分でうらやましいよ。朝寝朝酒朝風呂は身を亡ぼすぞ……」
「確かにお前の言う通りだな、上司の結婚相手とイチャイチャして朝寝坊したおかげで全てを失ったケルガーさんよ」
「今その話蒸し返すのやめてえええええ!」
「冗談はさておき、入浴の後、私はしばらくこの辺りを散策に出かける。お前はここで大人しく留守番をして、しっかり雄牛の見張りをしているがいい」
「へっ!? 一人きりで大丈夫なのか!?」
ついケルガーは憎い相手にも関わらず真顔で心配してしまった。群狼が跋扈するこの付近は昼間といえども命の危険が伴う場所であり、決して女性が単独でお散歩がてらにのほほんと歩けるようなところではない。
「いらんお世話だ。私はお前と違って護符を大量に持っているし、こう見えても武芸に秀でている。そんじょそこらの野犬相手になど負けることはあり得ない」
「で、でもよ、万が一ってことも……」
「昨晩哀れなお前を窮地から救ってやったのはどこの誰だ、ん?」
「うっ」
ケルガーは咄嗟に胸を押さえてその場にうずくまりそうになる。それを言われては立つ瀬がなかった。どうやら彼女に口で勝つことは無理ゲーのようであった。
「まあ、日が暮れる前には戻ってくる。この前来た補給物資の中に帝都からの伝達があってな、どうやら……」
「どうやら?」
「おっと、何でもない。これは機密事項だった。罪人のお前が知る必要などはない」
そう冷たく告げると、彼女はカップに残った紅茶を一気に飲み干した。




