カルテ560 牡牛の刑(後編) その10
緊張感が高まる中、時間だけが刻一刻と過ぎていった。狼たちは微動だにせず、リーダーの次なる合図を今か今かと待ち構えている。
{クーン!}
ついにあの誇り高く猛々しいリーダーがまるで負け犬のような鼻声を発し、腹を見せて氷の大地に仰向けになった。その無様極まる姿に周囲の部下たちはさざ波のようにざわついた。が、それも束の間、瞬く間に全頭が次々とボスに倣ってまるでドミノ倒しのように同じポーズを行っていき、新たな主人への服従を誓った。
「ハッハッハッ、いいぞ畜生ども! 白狼が仲間思いで賢いという噂は本当だったようだな。いいか、これからは俺が新たなボスだ。ちゃんと命令に従えば、悪いようにはせんぞ」
笑い声と共に、黒洞々たる暗がりの中で赤い眼が不気味に光る。その眼は笑ってはおらず、深い憎悪に燃えていた。
チュンチュンという爽やかな小鳥の鳴き声が響くことも、清らかなまぶしい日差しが窓から差し込むこともないが、それでも極寒の地にも朝は平等に訪れる。
「やれやれ、昨日は夜中に叩き起こされてろくすっぽ休めなかったな。全くそれもこれも全ては鈍牛のせいだ」
暖かいペチカの上に毛布を敷いて寝転がっているコート姿のままのヒベルナが、眠そうな声を上げる。部屋の隅にうずくまっている同じくコート姿でミノタウロス状態のケルガーが、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「フン、俺なんかあの後大変だったんだぜ。薪の片づけや雄牛の世話をしてからずーっと見張りを続けていたし、寒くて寒くて尻尾の先が落っこちそうだったぞ! いくら魔獣だからって再生能力はこちとらないんだよ!」
「知るかそんなこと。お前の汚い尻から生えてるものの話なんか起き掛けに聞きたくないわ。いい加減にしろ!」
「言い方!」
「それよりも戻って来たのならとっとと朝食の用意をしろ。デザートにオレンジもつけろよ。あと、ガンガンに熱い喉が火傷しそうなほどの紅茶を用意しろ。それが終わったら湯船の支度だ。私はよく眠れなかった日は朝風呂に入ることに決めているのだ。まったく身体中牛臭くてかなわんわ」
「人づかい荒すぎるよ! こっちは徹夜なんだよ! いくらお目付け役だってあんまりだろ!」
さすがの猛牛もあまりのこき使われようにちょっと涙目になってきた。




