カルテ553 牡牛の刑(後編) その3
「頼む……あまり人の古傷を抉らないでくれ……もとい、優しくしてください……」
「おおっと、ついうっかり突っ込んじゃってすみません! こりゃまた失恋、じゃなかった失礼しました」
「うっ」
「だからそういうところですよ、先生」
「ギャーッ! 鼻の穴に聴診器の先っちょを突っ込まないでよセレちゃん! 先っちょだけでも良くないから!」
「……」
カラスの喧嘩のようにやかましく騒ぎ立てる本多を見ているうちに、傷つけられたミノタウロスのガラスのハツもといハートも次第におさまってきた。
「忙しそうだから続きはもう話さなくてもいいのか、ホンダ先生よ?」
「いえ、どうぞ、お願いします!」
「よし、わかった。さてと、さっきは言い忘れたが、生還者がいなかったのには訳がある。皇帝陛下から言い渡されたとある条件を満たさなければ、いくら反省しようが、いくら年月を積み重ねようが、刑期が終わることなどあり得なかったからだ」
「ほほう? 気になりますねー」
好奇心を止められない本多が、わずかばかり身体を寄せる。
「それは……母乳だ!」
「ぼーぼぼぼぼぼにゅううううううーっ!?」
「古い漫画のタイトルのような叫び声を上げないでください、先生」
「んぬむむむむひふうううううーっ!」
あまりにも想定外の単語に興奮状態の本多を、いついかなる時も物事に動じない看護師が片手で喉元に軽くチョップをかまして制し、発語を止めた。
「続けるぞ。なんとも無茶苦茶で理解不能な話だが、その連れていかれた雄牛が牛乳を出すまでは、如何なる理由があろうとも刑期満了を認めないとのことだった。まったくもって馬鹿馬鹿しい話だがな、フフ」
ケルガーは天井に届きそうな角を揺らしながら少し悲しげに笑みを浮かべた。我が身に迫り来る理不尽な運命を笑い飛ばしてやろうとでもするかのように。
「ゼイゼイ……またもや死ぬかと思った……しかしよーくわかりました……それは確かにちょーっとばかり厳しい条件ですね……でも、僕の方の世界でも遠い昔に似たような話があったのを思い出しましたよ」
首をさすってダメージを癒しながら、本多が途切れ途切れにかすれ声を発した。
「ほほう?」
今度は牛男の方が身を乗り出してきた。




