カルテ552 牡牛の刑(後編) その2
「で、神聖にして不可侵なる皇帝陛下の任務に失敗したり逆らったりした不届き者は、その選ばれた雄牛とともに帝国内でも屈指のすさまじい僻地へと護送される。そこは永久凍土が広がる場所で、冬になると釣り上げた魚が瞬時にして凍り付き、金属を触った指が即離れなくなるほどの極寒の地だ。ちょっとでも油断すりゃぁ鼻やら耳やらが凍傷で身体から腐れ落ちるとも聞く。外で水でも飲んだ日なんかすぐに内臓がやられてあの世逝きだ」
ケルガーは噂に伝え聞く流刑地の恐ろしさについて身体のあちこちを指し示しながら情感たっぷりに話した。
「ほほう、そりゃまたあまり行きたくないところですね。人間は住んでいるんですか?」
「あんまり聞かないな。少しくらいはいるかもしれんが……とびきり悪賢くて獰猛な狼が生息しているというし、危険は多いだろうな」
「そりゃまたゾッとしませんねー。んで、生きて帰ってきた人はいるんですか?」
「残念ながら俺が知る限りではゼロだ……」
今まで割と快活だったミノタウロスは急に声のトーンを落とし、表情を曇らせた。
「それじゃあ実質死刑と同じじゃないですか! 詐欺だ!」
「いや、違うぞ! 別に死ねというわけではないし、皆貧弱でちょっぴり運が悪かっただけだ……多分」
「そんな釣った魚がすぐ凍って死ぬような場所じゃ貧弱とか関係ありませんよ!」
「いや、俺のママ……もとい母親が言っていたが、インヴェガ帝国ではすげえ寒い場所に行った方がより健康になるって考えるやつもいたそうだ。それに俺のような鍛え抜かれた鋼の肉体と分厚い皮膚があれば、その程度の環境なら朝飯前だぜ!」
むきになって熱弁するうちに元気を取り戻した元帝国軍人の魔獣は、自信ありげに両腕に力こぶを作って二人きりのオーディエンスにこれ見よがしに見せびらかした。
「すごい楽天家のうぬぼれ屋さんですねー、ミノさんってば」
「先生、もしやこの方脳みそまで牛と化してスポンジ状になっているのでは……?」
「そこは勇敢なとか男らしいとか言えよ! 何しろ俺様はかの地獄の魔獣創造施設での実験も耐え抜いたんだからな」
「そこで女性と別れてダメージ受けていたくせに……」
「うっ」
本多が小声でボソッとつぶやいた言葉に意外と繊細な元色男はダメージを受けたが、何とか涙は流さずにすんだ。




