カルテ551 牡牛の刑(後編) その1
深夜の診察室に、どこからともなく忍び込んだ隙間風が吹き抜ける。高山の秋の冷気は想像以上で、程なく訪れる厳しい冬を先取りしていた。
「『牡牛の刑』とは何ですか? ひょっとして、中が空洞の大きな鉄製の雄牛の像の中に生きた裸の人間を突っ込んで閉じ込め、外からじっくり火であぶって地獄の苦しみを与えるってやつですか?」
「おいおいおい、とんでもないことぬかすなよ、お医者さん。そりゃ死刑と同義語だろうが!」
診察室の主の本多医師が心持ち興奮気味に語る残酷極まりない刑罰に対し、さすがの百戦錬磨のミノタウロスことケルガーも、ちょっと引き気味になって突っ込んだ。
「おっと、すみませんねぇ。今のは僕たちの世界で昔流行したとかいうファラリスの雄牛っていう刑のことでした。中の人間の悲鳴がまるで雄牛の鳴き声そっくりに聞こえるそうで、すぐに死んだり焦げ付いたりしないように時々中に油を垂らして調節するのがコツだそうでして……」
「もうそれ以上いらねぇよ! だから違うって言ってんだろうが!」
「おうふ! すびばぜえええええええええん! 離してええええええええ!」
ブチ切れ気味の怒れる魔獣が再び白衣の胸ぐらをつかみ上げたため、本多はようやく拷問刑の講義を中止し絶叫した。
「牛さん、ここは治療をする場であって死人を生産するところではありませんよ」
身を切るような山頂の冷風よりも鋭い声がはしゃぐ彼らの後ろから響き、身体の粘膜にうっかり垂らしたデスソースのごとくケルガーの神経をビクンと刺激した。言わずもがな、受付嬢兼看護師のセレネースだ。
「おっとごめんよ、赤毛の美人さん。別に殺す気はなくてこいつがあまりにもしつこかったんで……」
「やれやれ、助かったよセレちゃん。ちょっと今度から首の筋肉鍛えようかしら……どうやって鍛えるのか知んないけど……んで、結局『牡牛の刑』の話はどうなったんですか?」
またもや絞首刑をかろうじて免れた本多が、赤くなった喉元をさすりながら性懲りもなく尋ねた。
「そういやこっちの説明がまだだったな。まず、ごく普通の雄牛が一頭必要だ。こいつは雄牛なら特に何でもかまわん」
ミノタウロスは、まるで肉料理のレシピでも読み上げるように語り始めた。




