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カルテ554 百年前の異世界おじさん その4

「さて、そのドイツ人男性は最初は妻と船旅を楽しんでいましたが、慣れない環境のためか徐々に落ち込み、やがてとあることがきっかけで激しいノイローゼに陥り、絶望のどん底にいました。トイレで血便が出て、直腸癌にかかったと思い、不安に駆られたのです」


「……私と同じだ」


 いつの間にか本多の話に聞き入っていた少女は、濡れた眼鏡越しに彼を凝視した。


「まあ、続きをお聞きください、お嬢さん。病院もない果てしなく広がる大海原の上で一人うろたえていた男は、そういえばこの船にドイツ語が話せる日本人の医者が乗っているという噂を思い出し、急遽その救世主を探し出して診察を依頼しました」


「そんな偶然ってあるんですか?」


「小説だったらご都合主義って言われちゃうんでしょうけど、たまたま外国で開催されていた万国外科学会の帰りだったそうですよ。噂の医師こと三宅連という外科教授は直ちにその哀れな男を診察し、悩みを傾聴し、そして、『全く問題ありません』と太鼓判を押したのです」


「へー、良かったですね」


「医者の自信溢れる態度に大変慰められ、勇気づけられた男性はすぐに体調を取り戻し、日本に到着した後お礼にわざわざ三宅教授の家を訪れて家族ぐるみの交際を開始しました。帰国後も彼らは文通し、その交流は教授夫婦が第二次世界大戦の空襲で亡くなるまで続いたそうです。男性は遺族に哀悼の意を表する手紙を送り、その文面は教授の墓碑銘に刻まれました」


「……いいお話ですね。100年も前にそんな素敵な国際交流があったんですね」


 さっきまで血便血便連呼して騒いでいた少女はすっかり落ち着きを取り戻し、静かに微笑んでいた。これが本来の彼女の姿なのかもしれない。


「あっ、そうだ、本多先生! 結局そのドイツ人男性の病気とは一体なんだったんですか!?」


 今まさにめでたしめでたしと話を締めくくりそうだった本多を制して、彼女は一番の疑問をぶつけてきた。

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