カルテ551 百年前の異世界おじさん その1
北陸地方の冬には珍しい柔らかな日差しが差し込む保健室で、その少女はひたすら泣きじゃくっていた。
「本多先生、私、もうダメなんでしょうか!? まだ17歳の若さなのに死んじゃうんでしょうか?」
一晩中泣きはらしたんじゃないかと推測されるウサギみたいに真っ赤な瞳で本多を見つめる女子高生の眼差しは真剣そのもので、彼に掴みかからんばかりにぐいぐい迫っていた。
「まあまあ、ちょっと落ち着いて深呼吸でもしてくださいよお嬢ちゃん、じゃなかった清水紀子さん。順序良く話してくれなきゃさっぱりわかりませんよ~」
本多はサーカスの猛獣使いになった気持ちで我を失ったJKをなだめながらも、自分の母校の制服はいつ見ても色気に欠けるなあ、といらんことを頭の片隅で考察していた。
襟に緑のラインが入った古めかしい紺色のセーラー服は見るからに野暮ったく、裾の長いスカートは女騎士の鎧並みにガード過多で、未亡人の着る喪服の黒ドレスの方がまだ華やかに思えるほどだった。
もっとも県内トップレベルと言われる偏差値の壁を乗り越え入学を果たした優秀な生徒たちにとっては制服のデザインなんぞ二の次であっただろうけど。
「せんせいぃぃぃ……ひっく、ひっく」
「おーよしよし、いい子ですねー」
本多は幼児のように嘆き続ける少女をあやしながらも、その垂れた両眼はボーッと彼女の後ろの窓に向かっていた。本多医院の密閉空間のような診察室とは異なり、ここ加賀大学教育学部附属高等学校の保健室には大きめに窓が切ってあり、校庭で練習する県内一の弱小と揶揄される野球部の発する野太い声が響いてきたり、グラウンドを走る陸上部の女生徒のレギンス姿が拝めた。
(時代が変わったなあ……僕ももうとっくにおじさんなのね……)
ブルマという崇高かつ華麗な文化が消滅したことに本多は一抹の寂しさを覚えたが、とりあえず仕事と関係のないサウダージはうっちゃり、視点を眼前のJKこと清水紀子に切り替えた。クラス委員だと名乗る彼女は今でこそ涙の国の住人だが、分厚い眼鏡に三つ編みにそばかすという、それこそ微塵の色気も匂わせない真面目一本槍というオーラを放っており、百年以上の伝統を誇るこの高校を自ら体現している存在とも言えた。




