カルテ550 記憶の宮殿と琵琶法師(前編) その13
「もっとも、僕も大学に入学したての取れ立てピチピチの頃は、そんな奴らは我が頭脳の前には屁でもないわと高をくくっていましたが、いざ直面してみると、自分が如何に無力かを痛感させられました。何しろ医学用語は大学に入ってから初めてお目にかかるため今までの知識とは全く違うことを次々と詰め込まないといけませんし、コンパやゲームなど周囲に誘惑は多いし、しかも試験はひねくれまくっているし、とにかく新しい環境と体制に慣れるだけでも大変でしたね。それに十代の頃は一読するだけで覚えた記憶力が、余計なことに容量を使ったり年齢を重ねたためかはわかりませんが、目に見えて落ちていきました」
「確かにそうですね。自分はまだ十代ですが、それでも以前ほど簡単に暗記出来なくなってきた気がします」
オダインも本多の主張に即座に同意した。時代も場所も次元さえ異なれど、学生の抱える悩みは古今東西変わらないようだった。
「そうですか……しかしそんなアホ学生を助けてくれる者など誰もおらず、救いを求めようにもどこに求めたらよいものやら、五里霧中状態でした。親や教授に聞いても『勉強しろ』の一点張りで、参考にすらなりません。要するに世間様は何を覚えるのかまではかろうじて提示できても、どうやって覚えるのかまでは誰もわかっていなかったんですよ」
「それはおっしゃる通りですが……でもそれが普通なんじゃないですか?」
話の内容に頷きながらも、オダインは異を唱えていた。もし簡単に記憶できる魔法のような手段があるとすれば、皆それにとっくの昔に頼って留年や退学などという悲劇は消滅していただろう。結局は勉強という泥沼の中でもがき続けるしかないのではないのか?
「別に普通だからといってあきらめる必要はどこにもありませんよ。この世に生まれてきたからには僕たちには人生を楽しむ権利があるはずですからね。無限に続く暗記地獄を馬鹿正直にこなしていって時間をドブに捨てる愚を犯すのは、僕はうんざりだったんです。それで僕は考え方を改め、記憶術を徹底的にマスターすることにしました! その結果悟ったのです! 記憶の宮殿と琵琶法師の秘術に!」
「……記憶術?」
聞きなれぬ単語にオダインは戸惑い、無意識に火傷の傷痕を手でなぞっていた。




