カルテ546 記憶の宮殿と琵琶法師(前編) その9
「ステロイドも強さによっていろいろありますよ~」
「なるほど、身を捨てるつもりで井戸に飛び込んで冷やせと……!」
「死ぬよ!」
オダインの述べる斬新な解釈に本多の鋭い突込みが飛ぶ。
「いいですか、ステロイドというのは動物の副腎っていう腎臓の上にある小さな臓器から出るホルモンっていう物質の一種でして、発赤などの炎症反応を抑えたり、身体を異物から守る仕組みの免疫ってシステムが暴走するのを抑えてくれます」
「はあ、そうですか……」
「こいつは凄く優秀で、少量でもとても効果があるんですよ~。よって塗り薬としてよく使われます。まあ、でもまずはさっきも言った通り、すぐに冷やしに行きましょうね~」
言うなり本多は席を立ち、オダインも促されるまま彼に付き従って診察室を出た。医師は廊下の隅にある、台にはめ込まれた何やら白い大きなボウルのようなところにオダインを連れて行くと、ボウルの上に突き出した金属製の長く伸びた筒の真下に左手をかざすように命じた。
「まったく、一体何ですかこれは……って、冷たっ!」
おそるおそる言われたとおりに実行したオダインは、急に筒の先端から迸り出た水が火傷の上に降り注いだのに驚き、思わず手を引っ込めそうになった。
「おっと、そのままでしばらく我慢してくださいよ~。流水にさらす時間は諸説あるけど20分程が最適って言われてますからね~」
「20分間も!?」
「まあ、ひりつきが治まってきたらもう少し短くてもいいとは個人的には思いますけどね。おっと、頬に水を当てるのも忘れないようにしてくださいよ~」
「はあ……」
魔法以上に奇妙な異世界の水道に戸惑いつつも、オダインは苦労して何とか左頬と左手を同時に冷やす奇妙なポーズを取り、時が過ぎるのを待った。その間も本多は彼の傍らに陣取り、嬉々として講義を続けた。
「火傷は熱傷とも言い、一般的にその程度によってⅠからⅢ度に分類されます。人間の皮膚は玉ネギみたいに何層にも重なっており、外側から表皮、真皮、皮下組織の三つに分類されます。つまり我々が目にする身体の表面は表皮なわけですね。おっと、どうです、少し楽になってきましたか?」
「そうですね、ちょっといい感じです」
オダインは猫背の状態で返事しながらも、つい耳を傾けていた。




