カルテ532 エターナル・エンペラー(後編) その100
数百年ぶりに地上を睥睨する紅きほうき星が掃き清める高山の天球はガス一つなく、海底に近づくにつれて暗くなる海の色のごとく、徐々にその濃さを夜明けに備えて深めていった。ファロム山の山頂付近の枯れた川底もまだ秋の夜の冷気に包まれていたが、川原に鎮座する大岩がひとりでにグラグラ揺れ動いたかと思うとゴロッと転がり、その下からぽっかりと穴が現れた。
「よいしょっと。ようやく新鮮な空気が吸えますね。スゥーッ」
颯爽と地下から這い出した人狼が深呼吸を一つしながら空を見上げた。言わずと知れたダオニールだ。
「やった、外はまだ夜中ですよ! 早く上がってきてください、ルセフィさん!」
「よかったわ。脱出した瞬間に朝日にバーベキューにされちゃたまらないしね」
青い帽子を目深に被った少女ことルセフィが人狼に手を引かれ、ヒョイッと軽やかに大地に立つ。
「風はもう止んでますね。それにしてもここは一体山のどの辺りなんですかね? なんかかすかに見覚えがあるような気が……」
彼らの後塵を拝して、小柄な少年こと今回の立役者のテレミンが、のそのそと穴を抜け出しながら、キョロキョロと周囲を観察する。
「小生にはすぐにわかりましたよ。ほら、テレミンさん、数日前に一緒にミノタウロスに突き落とされた崖の下です。ということは頂上のすぐ近くってことですね」
「ええっ!? そう言われると確かにそうだけど……まさかこんな抜け道があったとは……って、おっとっと」
ダオニールの予想外の指摘にテレミンは一瞬不意を突かれ、出てきた穴に危うく落ちかけた。
「うわっ、危ないですよテレミンさん! 早く上がってください!」
「ご、ごめんなさい、フィズリンさん」
「んも~っ、後がつかえてんのよ。ひっどいわね~、坊やったら。便秘の時にお尻の出口を塞いでいる硬い宿便みたいになっちゃってるわよ~」
「クソ汚い例えをするな、この腐れ汚物邪妖精めが!」
「僭越ですがあなたも最近口が汚いですよ、ミラドールさん……」
「ムム、それは失礼した、シグマート」
ガヤガヤと愉快な仲間たちのざわめきが響いてきたため、通行止めの原因のテレミンはたまらず苦笑しながらも、ポケットの中の古い革袋を無意識のうちにまさぐっていた。
(一体中には何が入っているんだろう……?)
それは別れ際にかの骸骨ことエターナル・エンペラーに手渡された物だった。




