カルテ525 エターナル・エンペラー(後編) その94
五大神の中で唯一邪神と蔑称されるデルモヴェートだが、別に悪事や殺人を教義としているわけではない。「死は終わりではなく新たな始まりである。汝の満たされぬ想いも汝と共に蘇るであろう」と経典に書かれていることから復讐神とも呼ばれることもある。だが、かの神の本質はそこではなかった。
【俺は皆の心の奥底に眠る真なる願いに一番興味を抱いているのだ。ちなみに神像を通しても人の心を読むことが出来るが、それはまるで無数に咲く花のごとく十人十色で様々だ。復讐も確かに強い感情ではあるが、人間それだけじゃあないもんだ。その裸の欲望を教えてさえくれれば、いくらでも願いを叶えてやるよ】
(そ、そう言われましても、急にはちょっと……)
ラミアン改めメイロンは、想定外の事態にたじろぐも、そう簡単には自分の深層心理をさらい尽くすことなど出来ない。確かに生身の肉体を捨てて高位のアンデッドに転生したいという願望の裏には、復讐とは別の、人には言えぬ想いはあったが……。
(それは、ラベルフィーユを蘇生させたい、ということでしょうか?)
彼は顔を真っ赤にしながら心の中で邪神に問いかける。それにしてもまるで他人事のように自分の真の願いを相手に尋ねるのは、なんとも奇妙な気分だった。
【ラベルフィーユ? おお、愛しのエルフの姫君か。確かにそれも希望の一つのようだが、まだまだ遠いぞ。そんなにすぐに思い浮かぶような代物ではないわ。もっと深く自分自身に潜ってみろ】
「はぁ……」
偉大なる神の御前にもかかわらず、不謹慎だがため息が漏れる。せっかく岸壁から飛び降りる気持ちで告白したのに無駄撃ちに終わってがっくりきたのだった。もっとも異形の神は気にする様子はなさそうだったが。しかしこうなるとどう答えたらいいものか、さっぱり見当もつかない。
(何故自分は転生を……ずっとずっと研究がしたいから?……多分違うな……)
【ホッホッホッ、悩め悩め、もっと悩むが良い。もっともっと己の秘密を探索しろ!】
(うーむ、難しいな……ん!?)
嫌な汗が流れ落ちる石の床を見つめていたメイロンは、そこに信じられないものを見出し目を疑った。なんと溶岩洞の奥深くの城に、小さな小さな黒い虫が存在したのだ。




