カルテ519 エターナル・エンペラー(後編) その86
「ああ……」
喉が張り裂けそうなほど叫び続けた後も、ラミアンの口元からは嗚咽が漏れていた。だがその後が言葉が出てこない。ラベルフィーユの家も、村長宅も、そしてあの4本の桜の木に支えられた高台も、全ての思い出の場所は灰燼に帰して、徐々に鮮烈さを深める凶暴な夕焼けの元、見るも無残な姿を晒していた。
(い、生き残りを探さなければ……日没の前に……)
焦燥感にその場を背中を焼かれて動き出そうとするも、膝がまるで言うことを聞かず、足に根が生えたように第一歩を踏み出せない。そもそも周囲一帯に動くものは欠片もなく、生きている者がいる可能性は非常に低いことが否応無く予想された。彼はこの時真の意味で故郷を失い、魂の安寧を得ることが二度と出来なくなった。
(で、でも行かなきゃ……)
無意識のうちにポケットに入れた手が何かひんやりした物に触れた。思わず身体がビクっと反射的に動く。見ずともわかった。ラベルフィーユから別れの日に手渡されたペンダントだ。絶望の底にいる彼を前へと後押ししてくれるような気がしたのは錯覚だろうか?
「うおおおおーっ!」
雄叫びを上げながら何とか気力を振り絞ってヨロヨロと焼け跡の上を歩き出した。靴の裏からでも熱が伝わるほど、黒い大地はまだ熱かった。どうしてこの地でこれほどの蛮行が許されるのか、かろうじて機能する頭の一部で考えようとするも思考は全くまとまらず、多少形になっても波打ち際に子供が作った砂の城のようにあっという間に崩れ去っていくのみで、彼はとうとう思索活動を放棄した。
「そうだ、そんなことより、今は一人でも生存者を見つけなければ! おーい、誰かいないのかーっ!?」
我に返って周り中に呼びかけるも返ってくるのは木霊のみで、所々から焼け焦げた肉の臭いは立ち上ってはいるが、先ほどと同様に一切の生者の気配は感知出来ず、絶対的な死のみが一帯を支配していた。
但し彼の行動は無意味ではなかった。とある炭化した木の根元に来た時、彼はとうとう尋ね人の姿を発見した。
「ラベルフィーユ!」
彼は煤で汚れた彼女を抱き抱えた……とうに亡くなっており、首から下は焼け焦げて見る影もなかったが、頭部だけは生前のまま、美しいラベルフィーユの遺体を。




