カルテ516 エターナル・エンペラー(後編) その83
(ほ、本当にこんな所にまで帝国軍が来るなんて……!)
ラミアンは木の上の茂みに隠れて息を潜めて震えていた。彼の真下は現在丁度白いマントの帝国軍の歩兵たちが狭くうねりくねった林道を行軍中である。かつてラベルフィーユと一緒にこの森で隠れんぼをした経験がこんなところで役に立つとは思ってもみなかった。
(しかし……)
彼は気が気でなかった。軍隊の進行方向の反対はまさにアクテ村の方角である。ラミアンはここに至る前に、まず自分の故郷の村に立ち寄ったが、そこはすでに無人で家畜もおらず、もぬけの殻だった。何者かに荒らされた形跡はあったが死体が無いところを見ると、おそらく侵略前に村人たちは兼ねてから村長が皆に緊急時の指示を出していた通りに近場の森の中に避難したに違いない。むしろそうであってほしいと願いつつ、彼は村を後にしてアクテ村へと歩を進めた。だが森の中の羊腸の小径を行く途中、迫り来る物音に気づき、慌てて樹上に逃れたのであった。
(しかし、あちらから奴らが来たということは、イルトラの言っていた通り、もしや村が……!?)
その恐るべき考えにたどり着いた途端、彼は居ても立っても居られなくなったが、今はどうすることも出来ず、ただただ見つからないように念じて幹にしがみつくのみだった。永遠とも思われる身も凍るような恐怖の時間が過ぎ、ようやく白マントたちの最後尾が遠ざかっていった時は、脱力のあまり思わず木から滑り落ちそうになったほどであった。
それからたっぷり一時間は待ってから慎重に地面に降りると、日が高いうちに急がねばと、軍隊とは真逆の方向へひたすら森を突き進んだ。脈が速くなるのが自分でもわかるほどの焦燥感に苛まれながら。
「やけに焦げくさいけど、まさか夕食の準備中に失敗したってわけじゃないよな……?」
もう太陽が西に傾きかけて、空がじわじわと茜色に染まりかけた頃、ラミアンはようやく村の入り口へと近づいたが、料理を焦がした時の数十倍にも勝る臭いに鼻をふさぎたくなった。生い茂る木々に遮られ様子は中々わからないが、もはや悪い予感しかしない。そして遂にアクテ村の姿が数年ぶりに視界に飛び込んできた時……
「ああああああああああーっ!」
完膚なきまでに焼き払われた惨状を前に、彼は身も世もなくひたすら絶叫した。




