カルテ514 エターナル・エンペラー(後編) その81
(しかし冷たい手だなあ……不死人っていうのはやっぱりルセフィ同様体温がないのか……?)
白骨の手を肌に直接感じながら、テレミンは生者と死者の違いを現実的に学んでいた。やはり両者の間には越えられない壁がある。果たして自分はルセフィと結ばれる未来なんてあり得るのだろうか?
「ついたぞ、ここじゃ」
白い石壁の廊下の先にある扉を、骸骨が握っていない方の手でちょんと触れる。たちまち扉は真ん中で二つに割れて左右に開いていった。
「ここは……氷の部屋!?」
テレミンは蒸気のように白い息を吐きながら目を見張った。四方の壁は黄金色に輝く不思議な氷で出来ており、作業机のような物が置いてある。そして室内にちらちらと金色に輝く何かが踊っているのに気づき、彼は先ほどの洞窟内を流れ落ちる滝を思い出した。あそこでも同様の光景が見てとれた記憶がある。
「一体何が飛んでいるんですか?」
「慌てるな少年。とくと御覧じろ」
骸骨は金粉のようにきらめく何かに対し、白い指を伸ばす。その何かはひらひらと宙を舞いながら近づき、そっと指先に止まった。
「これは……黄金の蝶!」
「そうじゃ、エターナル・ゴールデン・バタフライと呼ばれる珍種じゃ。寒い気候を好み、氷上にしか卵を産み付けぬ伝説の蝶よ。高山にのみ生息し、雪渓と雪渓の間を旅する氷の天使じゃ。お主も噂くらいは聞いたことがあろう?」
「はい! 言い伝え程度ですが知っています。本物を見たことは今までありませんでしたが……」
「うむ、それがしも若い頃初めてこの蝶を発見した時は、即座に心を奪われたものよ。捕まえようと焦って崖から落ち、思わぬ大怪我をしてしまったものじゃが……その話を聞きたいか?」
骸骨は眼球が無いにも関わらず、まるで遠くを見つめるような眼差しを、指先に光る生きた宝石に向けていた。
「お願いします、是非ともお聞かせください! とっても興味があります!」
「……」
熱意を持って懇願する少年に視線を転じた不死者は、何かをしばらく考えていたが、遂に心を決したのか、こくんと脛骨を傾けた。
「よかろう。だが異常に奇妙で長い話じゃぞ。最後までついてこれるか?」
「はい! 喜んで!」
こうして物語は始まった。




