カルテ498 エターナル・エンペラー(後編) その66
「いえいえ、これくらいなんてことはありません。それでは、改めましてお嬢さんのご病状について詳しくお伺いしますがよろしいでしょうか?」
とりあえず一つ肩の荷を降ろしながらラミアンは本題に入った。
「はい、実は……」と座り直した主人が語ってくれた娘の病歴は、先の酔っ払い男が管を巻いた友人の話と何ら変わったところはなかった。ただし語り終えた主人が茶の入ったコップに口をつけようとした瞬間、ラミアンはここを先途と一番聞きたかった質問を繰り出した。
「ところでお嬢さんは普段どんな物を食べておられますか?何か苦手な食べ物などはありませんか?」
「はあ、食べ物ですか……?」
一息入れようとしたのを邪魔された主人はやや面食らった表情をしたが、コップをテーブルの上に置き直すと、おもむろにこう語った。
「そういえば娘は何年も前から動物の肉類は一切口にしていませんな。理由は何も喋ってくれないのでわかりませんが……それが何か?」
「いえ、もう十分です」
ラミアンは自分の思惑通りに事が運んでいるのを実感し、心中で運命神カルフィーナに感謝の祈りを捧げた。
くだんの令嬢の居室はあの可憐なベランダのある3階の一番奥だった。桜色の寝巻き姿で豪奢な寝台に臥床しており、主人とラミアンが入室しても目を開ける様子はなく、ベッドサイドまで近づいてようやく薄眼を開けた。
「こちらが娘のイルトラ・ファボワールです。年齢はこの前17歳になったばかりですな」
空のように珍しい青色の髪の少女は、年齢よりも幾分幼い顔立ちをしていたが、男が放っておかないと思われる魅力を既に兼ね備えており、今後どれだけの美女に成長するか測りかねるほどだった。また、胸の方は横たわっているにも関わらず噂通り十分に自己主張しており、そちらの方は明らかに年齢以上で、とにかく末恐ろしかった。
「お父様……また違う薬草師さんを連れてきたの? もういい加減にしてよ。どうせ詐欺師みたいな人なんでしょう?」
まぶたとまぶたの隙間から薄茶色の瞳で非難するように父親を睨んでいたイルトラ嬢だったが、詐欺師のラミアンは臆せずお辞儀をした。
「こんにちは。初めまして、イルトラ様。旅の薬草師のラミアンと申します。以前、お嬢様と同じ病気を患っていた者です。よろしくお願いいたします」
「ええっ、何ですって!?」
今まで糸のようだった娘の双眸が、コイン大に見開かれた。




