カルテ472 エターナル・エンペラー(後編) その40
「全ての身寄りを失った少女のミオは哀れに思った先代の村長だった私の父に保護され、私と兄妹のように育てられた。実際は中々お転婆な娘で、猿のように木に登ったり、谷川に勝手に泳ぎに行ったりで、色々と苦労させられたよ。だが、仲は悪くなく、むしろとても良かった」
アロフト村長は言葉とは裏腹に幸せだった過去を彷彿とさせるような春の日のごとく穏やかな笑顔を見せた。
「……まるで、俺とラベルフィーユのようだったと?」
「立場は逆だがそういう感じだな」
恐る恐る手探りを入れるラミアンに対し、村長は即答した。ラミアンは話の続きを聞くのが何だか怖くなってきた。
「……ミオさんのことを心から好きだったんですね、アロフト村長」
ラベルフィーユが単刀直入に核心を突くため、ラミアンは半ば冷や冷やしながら様子を窺うも、村長は臆することなく鷹揚に頷いた。
「ああ、その通りだ。春秋を重ねた今ならばはっきりとわかる。この手の感情は相手を失ってからより鮮烈に胸に刻まれるのだ……否応なしにな。多分彼女も同じ気持ちだったのではないかと推測されるが、もっともお互いそんなことを口にしたことはなかった」
村長の双眸に一瞬深い影が差し、再び元に戻る。しばらくそのまま外の夜風の音のみが皆の耳朶を打つ。ここから先は多分言葉にするのに心の準備が必要なのだろう。
「……話されたくなければ結構です。おおよその事情はわかりましたから」
「いや、いざ始めたからには最後までつき合ってくれ、テレミン。ミオが村で我々と生活し出してから五年後、彼女を謎の病魔が襲った。その症状は……ここはさすがに言う必要はないだろうな」
聴衆の二人は無言で肯首した。夜風が更に強さを増し、場の沈黙を強調する。この調子だと明日の朝には桜はだいぶ散ってしまっているだろうな、とラミアンは頭の片隅で何故か余計な心配をした。
「村の薬師がいくら手を尽くしてもなんの効果もなかった。頭の固い年寄り連中は違う種族の者が我ら高貴なエルフ族と共に暮らした罰に決まっているなんぞと妄言を吐き、とっとと人間の世界に戻せと罵った。私はそんなバカなことがあるかと抵抗し、必ずや彼女を救って見せると老人どもを説き伏せた。だが、お前たちの話を聞いた後では、どうやら彼らの方が正しかったようだな……」
村長は視線を彷徨わせる。その瞳は果てしない後悔を秘めた深海のような色だった。




