カルテ471 エターナル・エンペラー(後編) その39
「そうか、そんなことがあったのか……よくぞ教えてくれた、わざわざご苦労だったな」
普段の凍てついた岩肌のごとき表情をわずかに緩めると、アロフト村長はラミアンとラベルフィーユを労った。
「はぁ、いえ、居候の身ですし……」
「村の一員として当然の義務ですし……」
語り終わった彼らは神妙な面持ちで出された茶にも手を付けず、村長の一挙手一投足を見守った。白亜の建物を辞した二人はあの後その足ですぐ、日が暮れる直前に村長宅を訪れた。突然来訪したためか、何か黒い物体を大事そうに眺めていた村長は不意を突かれた様子でさっと隠したが、2人を歓迎してくれた……無愛想ではあるが。そして客間に通されるな否や、ラミアンたちは白昼夢のような不思議な出来事を細大漏らさず伝えたのであった。やがて村長はつと立ち上がると、何気ない様子で奥の部屋に消え、ガサゴソという音だけが隣室の二人の耳にかそけく聞こえた。
「何かを探しているのかしら……?」
「さあ、見当もつかないな……菓子じゃないとは思うけど」
「何を内緒話をしている。お前たちが目撃した女の被っていたのはこれか?」
二人が囁き声をかわしているうちにいつの間にか戻って来た村長は、麦わら帽子を手にしていた。
「やっぱり!」
ラミアンはつい身を乗り出しかけたが、ラベルフィーユに裾を引っ張られ、思いとどまった。見覚えのある帽子は、先ほどの記憶よりもだいぶ古びて所々破れてすらいたが、間違いなく同一のものと断言出来た。
「彼女は……ミオはこの帽子がお気に入りで、実際よく似合っていた。実家から逃げる時持ち出してきた物だそうだが」
村長は懐かしそうな瞳で丸みを帯びた頭頂部を撫でさする。まるでかつてそうしていたかのように。
「逃げて来た、とはどういうことですか?」
幾分か落ち着いたラミアンは、お茶を一口飲み込むと、話の先を促した。
「今は平和が保たれているこのエビリファイ連合も、昔は国と国とが争う戦国の世があったことは知っているな、ラミアン?」
「はい、わずかながら村の古老に歴史を教えてもらったことがあります。戦続きで疲弊しているところに北の帝国が押し寄せてきそうになったため、今までの憎しみを捨てて同盟を結んだと」
「左様。彼女はとある街の領主の娘だった。何不自由なく過ごしていたところ敵国に街が攻め込まれたためやむなく家族と逃げたのだが、追っ手に次々と連れを殺され、一人でこの森を彷徨っていた」
「そしてこの村に保護されたというわけですか?」
「そうだ、お前と同様にな……」
村長はそこで一旦口を閉ざすと瞑目した……あたかも死者を弔うかのごとく。




