カルテ469 エターナル・エンペラー(後編) その37
「エエイウルサイゾ、虫ケラ未満ノ脳ミソノ下等種族ドモメ、少シクライ静カニシロ。行儀作法ヲ母親ノ子宮ノ中ニ忘レテキタノカ? ソレトモ山猿ニ育テラレタノカ?」
感情がこもっていないにも関わらず、聞く者の心を押しつぶしそうな罵倒が謎の青ローブから叩きつけられてきたので、騒いでいた一行はピタッと口を閉ざした。
「んま、失礼しちゃうわねー、下等種族だなんて。僭越ですけどあたいってば神に最も近い伝説の種族と謳われたハイ・イーブルエルフのリーダーことイレッサちゃんって言うのよー! 控えおろう! 亀頭が高いわ!」
「こう見えてもな。因みに巷では邪悪な種族とも呼ばれるがこいつのせいだと最近マジで思う」
いち早く立ち直ったイレッサが、芝居がかった大げさな身振りをまじえて自己紹介するのを、ミラドールが素っ気なく補足(?)する。
「ソレガドウシタ。下等種族ハ下等種族ダ」
「ななななんですってー!? そんなあんたはどこの何様だっていうのよー!? ちょっと顔ぐらい拝ませなさい!」
さすがに堪忍袋の尾が切れたイレッサが青ローブのフードを払いのけようと鞭のように手をしならせて振り上げる。だがチラッと見えたと思うや否や、相手も去る者、すかさずローブの長い裾をひるがえし、満月を覆う叢雲のごとく素顔を隠した。
「マッタクモッテ山猿未満ノ野蛮ナ連中ダナ。ヤッパリ生キタママゾンビノ餌ニナリタイノカ?」
「ま、待ってください! この腐れ大根のしたことは謝ります! すみませんでした!」
「ぐげ」
シグマートが慌てて緑のトサカを引っ掴んで鶏の首をへし折るかのようにイレッサの頭を無理矢理下げさせる。
「この人は決して悪い人じゃないんです! ただ訳あって色々迫害を受けてきた一族なもんでそこら辺のプライドは高いんです! ド変態の水虫野郎ですけど許してやってください!」
「……変態と水虫野郎は余計なお世話よ、シグちゃん。でも確かにあたいも悪かったわ。つい手を出しちゃって。ごめんなさいねー」
空気を読んで急激に熱が冷めたイレッサも、強制土下座のまま素直に無礼を詫びた。
「……ワカッタ、今回ダケハ許ス。デハ私ニツイテコイ」
神速でフードをかぶり直した謎の人物は、くるりと踵を返すと、現れた方向へと歩き始めた。
「ちらっとしか素顔が拝めなかったけど、どうやら女性っぽいわね、あの人……やけに顔色悪かったけど。しっかしよくあたいの手をかわせたもんだわ。まるで行動が読まれていたかのように……」
こっそり仲間に耳打ちするイレッサの台詞がかすかに聞こえ、テレミンは意外に感じた。




