カルテ462 エターナル・エンペラー(後編) その30
「グギェ!」
テレミンの攻撃がヒットした瞬間、男性ゾンビの頭頂部からゴキンという鈍い音が響き、僅かに動きが止まった。
「おお、いけるかもしれませんよ、テレミンさん!」
「よし、もう一撃お見舞いしてやる!」
「いえ、駄目ね……まったく効いちゃいないわ」
イレッサが冷静に分析した通り、ゾンビが静止したのはほんの一拍ほどの間で、怪物は体勢を立て直すと、何事もなかったかのように疲れ知らずの行進を再開した。
「うわああああ、全然効果がないよ! 誰か助けてー!」
「んもーしょうがない子ねぇ。カタプレス!」
パニくって極めて情けない声を出す少年とゾンビの間に割って入ったイレッサが片手を突き出すと、凄まじい突風が巻き起こって迫りくる動く死体は吹き飛ばされた。
「あ、ありがとうございます、イレッサさん!」
「お礼は身体でよくってよ、チェリーボーイ。ま、一時的対処ってやつに過ぎないけどね……」
確かに倒れたゾンビはよだれを床に撒き散らしながらも早くも起き上がっていた。
「確かにきりが無さそうね。それにしてもテレミンったら、ゾンビと吸血鬼を一緒くたなんかにするなんてまだまだ青いわね。やっぱり全然違うじゃないの」
空中でホバリング中のルセフィは、まだ少々お冠の様子で、失敗したテレミンに冷淡な態度をとった。
「だからそれは悪かったって、ルセフィ! でも多分何とかする手はあると思うんだよ! もう喉元まで作戦が出かかっているんだって!」
「ふーん、どうだか……」
「二人とも喧嘩している場合ではありません! テレミンさん、シグマートさん、フィズリンさん、下がってください!」
「はいはい、でも嘘じゃなのに……」
「しかし君は本当に色んな知識を知っているね、テレミンくん。一体どこで学んだんだい? どこかの学校かい?」
非戦闘員扱いされて暇そうなシグマートが、落ち込み気味のテレミンにこそっと耳打ちした。
「いえ、別に学校に通っていたわけじゃなくて、知り合いの学者さんや書物からなんです。確か荷物に入ってますが……ん!?」
その時テレミンに天啓が閃き、彼は荷物袋を逆さにすると中身を下にぶちまけた。
「ど、どうしたんだよ、いきなり!?」
皆が驚くにも関わらず、彼は一冊の古びた革の表紙の本を拾い上げると天にかざした。何かの虫がタイトルの上に描かれた分厚い本を。




