カルテ446 エターナル・エンペラー(後編) その13
「こっちも手持ちの護符はほぼ無いですし、手詰まりですかね……」
「そんな……」
ダオニールの容赦ない言葉に、フィズリンが吸血鬼のルセフィよりも青い顔をしてうなだれる。
「私、まだこんな所で死にたくないんですけど……結婚だってまだしてないのに……」
「あら~かわいそうに~。じゃああたしとなんてどうかぶらぁ!」
余計な台詞を吐いた腐れワカメがミラドールの肘鉄で撃沈する。
「いや、多分何とかなりますよ、フィズリンさん!」
テレミンがやけに自信ありげな顔で言うので、「何でそんなこと言いきれるのよ」と真上からルセフィが文句を投げ落とした。
「まず、ルセフィさんに助けを呼びにお告げ所まで戻ってもらうって方法があります」
「なるほど、でもそれって結構時間がかからない? もうだいぶ夜が更けているし、巫女さんはともかく、多分起きている人は少ないわよ。救助には人手がかかるし、人数を集めて更に道具を揃えてここまで来るのを考えると、夜が明けても不思議はないわよ」
大コウモリの返答に、彼女の眼下の一同は身体の芯まで凍り付きそうな思いに駆られた。クレバスの下は地表のような突風はないとはいえ、足の底から上って来る冷気の鋭さはケタ違いで、こんな極寒の地獄に日が昇るまで動かずに待ち続けることは、氷の彫像と化すことと同義に思われた。
「そうか……でももう一つ案があるから大丈夫! ほら、お告げ所で聞いた予言の一説にあったじゃないですか! 『青き地の底に新たな出会いあり』って! きっとこのことですよ!」
「ああ、そういえばそんなこと言ってましたね!蜘蛛の糸がどーのこーのしか覚えていませんでした!」
聞き役に回っていたダオニールが、毛深い両手をポンと打ち合わせる。
「へぇー、さすが天下に名高いカルフィーナ神の姫巫女ですね」
「確かに面白いお告げだな。だが、悪いがここにどんな出会いがあるというのだ? 氷以外何もないが……」
ミラドールが深紅の目を細め、絹のごとき柳眉をしかめる。
「ほら、このクレバスの底ってまだまだ先に続いているじゃないですか。どちらかに歩いていけば、きっと何かあるはずですよ!」
テレミンが夜の底に沈んだ青光りする天然の通路の奥を指し示した。




