カルテ438 エターナル・エンペラー(後編) その5
千年振りの来訪者ことオーファディン彗星が深夜の天空を赤く染める真下、大雪渓の深部には純度の高い青の世界が広がっていた。氷が非常に圧縮されると海の色に見えるっていうのは本当なんだな、と博学なテレミンはぼんやりと頭の片隅で思った。
「み……皆さん、ご無事ですか?」
突風による滑落後、最初に声を出したのは顔面が灰色の狼へと変貌した老執事だった。
「そういうダオニールさんこそ大丈夫ですか?」
「そうですよ、2人も抱えるなんて無茶苦茶です……助けてもらっておいて何ですけど」
麻袋のように獣人の両肩にそれぞれ二つ折りになって担がれていたテレミンとフィズリンが、ほぼ同時に返答する。
「我々3人はどうやら皆五体満足のようですよ、ご安心ください」
軽々と2人を支えるダオニールは胸を張る。地獄の入り口もかくやというクレバスに落下する寸前、人狼化したダオニールは即座に両脇にいたテレミンとフィズリンをひっ掴み、死に至る落下のダメージから救ったのであった。幸い底には柔らかな雪が積もっており、ある程度衝撃をやわらげてくれた。ちなみにクレバスの底は何故か薄っすらと青白く氷壁が光っているため、地底にもかかわらずテレミンのような暗視能力を持たない者も視界を得ることが出来たのは、不幸中の幸いだった。
「あいたたた……って人狼だと!? あなたは人間ではなかったのか!?」
恵まれたイーブルエルフの体術を駆使して着地するもちょっとぶつけてしまったため、胸と同様に豊満な尻をさすっていたミラドールが彼らの姿を見て驚愕する。
しかし逆にテレミンが、「あ、あれは伝説の種族のハイ・イーブルエルフ!?」と彼女の後ろを指し示すため、文字通り腰を浮かせた。
「あらー、せっかく今まで隠してたのに、バレちゃったじゃないのー、んもー、乙女の秘密を軽々しく見ないでちょうだい!」
緑のトサカを揺らめかせながら、フードが外れて素顔を晒したイレッサが、言葉とは裏腹に楽しそうに笑う。
「イレッサさん、もういい加減に降ろしてもらえませんか? やけにお尻を撫でられている気がしますので。乙女ってのはそんなことする性癖でもあるんですか?」
その彼の両腕にお姫様抱っこされていたシグマートはきまり悪そうにモジモジと身体を動かして抗議した。




