カルテ433 幸運のカルフィーナ・オーブの災難(前編) その24
「いえ、姉さん、違うわ! 顔をよく見てちょうだい!」
「顔……?」
エリザスの指摘に従って、エミレースはスイカほどの大きさもある目を細め、仔細に観察する。確かに接近しつつある巨竜は、青い鱗に全身を覆われ前足がない点は妹と同じであったが、頭部は人間のそれではなく、爬虫類じみたものであった。
「あれはどうやらワイバーンってやつよ! 昔本で読んだことがあるわ。尻尾に毒を持つものもいるとか……」
「なるほど、あなたの言う通りっぽいですね。しかし、何故こんな辺境の地に翼竜ワイバーンが……?」
得意げに知識を披露するエリザスに賛同するエミレースだったが、新たな謎が生じただけであった。
「おっと姉さん、こんな状態で首を傾げないでよ! 本当に落ちちゃう!」
「あら、ごめんあそばせ。でもどう見ても友好的な態度では無さそうですね……」
「あっ、誰か背中に人が乗ってるわ! 小さくてよくわからないけど……」
魔眼の持ち主である駄目デューサがいみじくも告げた通り、距離が狭まるにつれてあちらの竜の背にも、何やら人影が跨っている様子が確認できた。
「ひょっとして……帝国の追っ手!? それならこんな場所に現れるのも納得できるわ!」
エミレースの瞳に、久しく灯らなかった熱い炎が燃え盛る。危機を感じ、魔獣としての血が騒ぎ立ち、沸騰しそうになった。
「どうする姉さん? 私が変身しちゃおうか? あんな奴一発で下にドスーンよ?」
エリザスもまた、瞳に力を籠め、頭上の怪物を睨み付けていた。あれくらいの大きさの物質でも石化出来るのは、それこそエレンタール戦の時に実証済みだ。
「やめなさいエリザス! こんな人家に近い所で敵を石なんかにしたら、運が悪ければ下で死人が出るわよ!」
「そ、そうね……考えが足りなかったわ、ごめんなさい。でも、どうするの?」
「何にせよここは場所が悪いわ……行くわよ、しっかり目を瞑って!」
「ひ、ひえええええええーっ!」
言うが早いか銀竜は滑らかに身体をくねらせると、くるりと反転して急降下し、頭から雲海の中へと突入していった。
キャベツをめぐる長い夜は、まだ始まったばかりだった。




