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カルテ431 幸運のカルフィーナ・オーブの災難(前編) その22

(辺り一面森しか見えぬな……ここがアモバン山脈か)


 怪物は夜闇に乗じ、人目の及ばぬ天空の高みから神のごとく下界を睥睨していた。偉大なる主の命の下、来るべき聖なる作戦の邪魔だてをする不届きなやからがいないかどうか、偵察に赴いていたのだ。噂では、かつてこの地に愚かにも主の元から脱走した一匹の竜がたどり着き、村人たちを惨殺した後、魔女とやらに滅せられたとのことだ。今回の偵察はその信憑性の定かならぬ話が真実かどうかの確認の意味も含んでいた。出来れば不安の芽は早めにつんでおくに越したことはない。


(必ずやご期待に応えねば……素晴らしきあのお方の)


 怪物は心に深く誓う。あまりにも長い克己の時に耐え、ようやく人並みに扱われることになった怪物は、主に返しても返しきれぬほどの大恩があった。その海よりも深い慈悲の御心に対して報いねばならぬ。


(何処だ……何処にいるのだ?)


 怪物は瞳を凝らし、全方位を隈なく見渡す。怪物の真価はその異形なる眼球にこそあった。深夜でも真昼のごとく物事が視界に映り、また、数キロ先を疾駆する馬群の頭数すら言い当てることが出来るその恐るべき眼に。


(む……これはまずいな。雲が出てきたか)


 星辰に手が届きそうなほどの高度を移動していた怪物は、しかし下方に温泉場の湯気のごとく雲海が湧き出してきたため、やや落胆して肩を落とした。下から見つかりにくくなる分には良いのだが、同時にこちらからも地上の様子がわかりにくくなり、任務に支障が生じる。いくら自慢の超視力を有する瞳でも、分厚い白い膜の裏を透かして見ることは不可能であった。


(仕方あるまい、ここまでにしておくか……ん!?)


 首を振って気分を切り替え、今夜は引き返そうとした時、地平線の彼方に銀色に光る一点を発見し、怪物は心震えた。辛子の魔竜だ!


(うおおおおおおおおっ! これぞ千載一遇のチャンス! 逃がさんぞーっ!)


 怪物は胸中で喜びの歌を叫ぶと身をひるがえし、獲物を見つけた鷹のごとく、光点目掛けて最大速度で吶喊していった。

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